殘りける
秋の日數も
あるものを
うつりなはてそ
庭の白菊
のこりける
あきのひかずも
あるものを
うつりなはてそ
にはのしらきく
何事か
おもひもおかむ
末の露
もとの雫に
かゝるうき世に
なにことか
おもひもおかむ
すゑのつゆ
もとのしずくに
かかるうきよに
雨晴るゝ
風は折々
吹き入れて
こ簾の間匂ふ
のきの梅が枝
あめはるる
かぜはをりをり
ふきいれて
こすのまにほふ
のきのうめがえ
春はまづ
なびく柳の
姿より
風も長閑けく
見ゆるなりけり
はるはまづ
なびくやなぎの
すがたより
かぜものどけく
みゆるなりけり
入り方の
月は霞の
そこに更けて
かへり後るゝ
雁の一つら
いりかたの
つきはかすみの
そこにふけて
かへりのちるる
かりのひとつら
散り殘る
花落ちすさぶ
夕暮の
山の端薄き
はるさめのそら
ちりのこる
はなおちすさぶ
ゆふぐれの
やまのはうすき
はるさめのそら
雁の鳴く
夕の空の
うす雲に
まだ影見えぬ
つきぞほのめく
かりのなく
ゆふべのそらの
うすくもに
まだかげみえぬ
つきぞほのめく
松風も
空にひゞきて
更くる夜の
梢にたかき
深山べのつき
まつかぜも
そらにひびきて
ふくるよの
こずゑにたかき
みやまべのつき
露ふかき
籬の花は
うすぎりて
岡邊の杉に
つきぞかたぶく
つゆふかき
まがきのはなは
うすぎりて
をかべのすぎに
つきぞかたぶく
染めやらぬ
梢の日影
うつりさめて
やゝ枯れ渡る
山の下草
そめやらぬ
こずゑのひかげ
うつりさめて
ややかれわたる
やまのしたくさ
ふればかつ
こほる朝げの
ふる柳
なびくともなき
雪の白糸
ふればかつ
こほるあさげの
ふるやなぎ
なびくともなき
ゆきのしらいと
うらやまし
山田のくろに
道も有れや
都へ通ふ
をちの旅人
うらやまし
やまだのくろに
みちもあれや
みやこへかよふ
をちのたびびと
逢ひ見つる
今夜の哀
夢なれな
覺めては物を
思はざるべく
あひみつる
いまよのあはれ
ゆめなれな
さめてはものを
おもはざるべく
稀に見る
夢の名殘は
さめ難み
今朝しも増る
物をこそ思へ
まれにみる
ゆめのなごりは
さめかたみ
けさしもまさる
ものをこそおもへ
變るかと
人に心を
とめて見れば
はかなき節も
有りしにぞ似ぬ
かはるかと
ひとにこころを
とめてみれば
はかなきふしも
ありしにぞにぬ
哀また
夢だに見えで
明けやせむ
寐ぬ夜の床は
面影にして
あはれまた
ゆめだにみえで
あけやせむ
いぬよのとこは
おもかげにして
見るまゝに
軒端の山ぞ
霞み行く
心に知らぬ
春やきぬらむ
みるままに
のきはのやまぞ
かすみゆく
こころにしらぬ
はるやきぬらむ
わすれじな
宿は昔に
跡ふりて
變らぬのきに
にほふ梅が枝
わすれじな
やどはむかしに
あとふりて
かはらぬのきに
にほふうめがえだ
またはよも
身は七十ぢの
春ふりて
花も今年や
限とぞ見る
またはよも
みはななそぢの
はるふりて
はなもことしや
かぎりとぞみる
去年もさぞ
又はかけじの
老の浪
越ゆべき明日の
春も難面し
こぞもさぞ
またはかけじの
おいのなみ
こゆべきあすの
はるもつれなし
眺めつる
草の上より
降りそめて
山の端消ゆる
夕ぐれの雨
ながめつる
くさのうへより
ふりそめて
やまのはきゆる
ゆふぐれのあめ
雨晴れて
色濃き山の
裾野より
離れてのぼる
雲ぞまぢかき
あめはれて
いろこきやまの
すそのより
はなれてのぼる
くもぞまぢかき
今になり
むかしに歸り
思ふ間に
寐覺の鐘も
聲盡きぬなり
いまになり
むかしにかへり
おもふまに
ねざめのかねも
こゑつきぬなり
今年しも
あらぬ方にや
したひまさる
つらき別の
花鳥の春
ことししも
あらぬかたにや
したひまさる
つらきわかれの
はなとりのはる
咲き初むる
やどの櫻の
一本よ
春の景色に
あきぞしらるゝ
さきそむる
やどのさくらの
ひともとよ
はるのけしきに
あきぞしらるる
吹くとしも
よそには見えで
脆く散る
花に知らるゝ
庭の春風
ふくとしも
よそにはみえで
もろくちる
はなにしらるる
にはのはるかぜ
はかなくて
絶えにし中の
名殘しも
心にとまる
果ぞ悲しき
はかなくて
たえにしなかの
なごりしも
こころにとまる
はてぞかなしき
仰ぎつゝ
頼みし蔭は
枯果てぬ
殘る朽木の
身をいかにせむ
あおぎつつ
たのみしかげは
かれはてぬ
のこるくちきの
みをいかにせむ
伏見山
裾野をかけて
見わたせば
遙かに下る
宇治のしば舟
ふしみやま
すそのをかけて
みわたせば
はるかにくだる
うぢのしばふね
遠かたの
花のかほりも
やゝみえて
明る霞の
色そのとけき
とほかたの
はなのかほりも
ややみえて
あくるかすみの
いろそのとけき
吹しほる
四方の草木の
うら葉見えて
風にしらめる
秋の明ほの
ふきしほる
よものくさきの
うらはみえて
かぜにしらめる
あきのあけほの
帰るかり
われも旅なる
み山ちに
都へゆかは
ことはつてまし
かへるかり
われもたびなる
みやまちに
みやこへゆかは
ことはつてまし
別路の
なこりの空に
月はあれと
出つる人の
影はとまらす
わかれぢの
なこりのそらに
つきはあれと
いでつるひとの
かげはとまらす
せきやらぬ
涙よしはし
落とまれ
さまては人に
みえしと思ふに
せきやらぬ
なみだよしはし
おちとまれ
さまてはひとに
みえしとおもふに
聞みるも
さすかに近き
おなし世に
かよふ心の
なとかはるけき
きくみるも
さすかにちかき
おなしよに
かよふこころの
なとかはるけき
おなし世の
契りを猶も
待かほに
あらしやとても
あるそつれなき
おなしよの
ちぎりをなほも
まつかほに
あらしやとても
あるそつれなき
あらましの
今ひとたひを
待えても
思ひしことを
えやははるくる
あらましの
いまひとたひを
まちえても
おもひしことを
えやははるくる
ね覚して
時はいつとも
しられぬに
明るか鳥の
声そ聞ゆる
ねさめして
ときはいつとも
しられぬに
あくるかとりの
こゑそきこゆる
しつくまては
またおちそめぬ
山陰の
檜原かうへに
雨そきこゆる
しつくまては
またおちそめぬ
やまかげの
ひばらかうへに
あめそきこゆる
鳥部山
煙の末や
これならん
むら〳〵すこき
空のうき雲
とりべやま
けぶりのすゑや
これならん
むらむらすこき
そらのうきくも
捨かねぬ
何ゆへおしき
うき世そと
心にちたひ
おもふ物から
すてかねぬ
なにゆへおしき
うきよそと
こころにちたひ
おもふものから