正月十五日、月いとおもしろきに、中納言のすけどの人々さそひて、南殿の月見におはします。



月華門より出て、なにとなくあくがれてあそぶ程に、あぶらのこう地おもての門のかたへ、なほしすがたなる人のまゐる。



「いとふけにたるに、たれならむ。皇后宮大夫の參るにや。」などいひてつまへいりてみれば、權大納言殿也。



いとめづらしくて、兵衞督どの、だいばん所にてあひしらひ給ふほどに、「まことやけふは人うつひぞかし。いかゞしてたばかるべき。」などいひて、「出で給はむみちにていかにもうつべし。いづかたよりかいで給はんをしらねば、あしここゝに人をたゝせむ。」とてましみつるいつるひる。


つるひる(*不明)
こめいぢのしやうじのもと、御ゆどのゝなげしのしもの一間に、勾當内侍どの、みのとのきりみすのもとに、中納言のすけ・兵衞督どの、年中行事のしやうじのかくれに、少將辨などうかゞひしかども、あかつきまで出で給はず。


こめいぢ=昆明池
みのと(*癸か)
いとつれなくおぼえて、すけやすの少將して、なにとなきやうにてみすれば、「殿上のこ庭の月ながめて、たち給へる。」といふ。



兵衞督殿、日の御ざの火どもけちて、くしがたよりのぞけば、殿上のかべにうしろよういしてゐたまへり。



「かくしてしけむもねたし。なにとまれ、つゑにかきつけて、くしがたよりさしいださばや。」など、さま〴〵あらますほどに、夜もあけがたに成りぬ。



いかにもかなはず、つひに「あぶらのこうぢの門のかたよりいで給ひぬ。」と聞くも、かぎりなくねたくて、しろきうすやうにかきて、つゑさきにはさみて、おひつきてつかはしける、少將内侍、



うちわびぬ
心くらべの
つゑなれば
月みて明かす
名こそ惜しけれ
うちわびぬ
こころくらべの
つゑなれば
つきみてあかす
なこそをしけれ


返事、權大納言、



うちわぶる
心もしらで
有明の
月のたよりに
出でにける哉
うちわぶる
こころもしらで
ありあけの
つきのたよりに
いでにけるかな


かくてつきの日の暮ほどに、かれよりうはがきには、御あしつめたの御かたへとぞかゝれたる。



御てうづのまにて、兵衞督殿・勾當内侍殿などあけてみれば、



うちわびて
ねにける夜半の
鐘の音に
驚かされて
月や詠めし
うちわびて
ねにけるよはの
かねのねに
おどろかされて
つきやながめし


待ちかねし
身は夏虫の
ともしけち
いたづらごとに
物思ひけん
まちかねし
みはなつむしの
ともしけち
いたづらごとに
ものおもひけん


御はぎの
ふときほそきも
たちそひて
月に忘れぬ
夜半の面影
おはぎの
ふときほそきも
たちそひて
つきにわすれぬ
よはのおもかげ


返事、辨内侍、



うちはへて
ぬるとは何ぞ
有明の
月を見すてし
心ならずば
うちはへて
ぬるとはなにぞ
ありあけの
つきをみすてし
こころならずば


いさしらず
たれ夏虫の
ともしけち
竹のは風や
吹きもしつらん
いさしらず
たれなつむしの
ともしけち
たけのはかぜや
ふきもしつらん


忘れずよ
月の面かげ
立ちそひて
その御はぎも
くるしかりけむ
わすれずよ
つきのおもかげ
たちそひて
そのおはぎも
くるしかりけむ