この男、市といふ所に出でて、透き影によく見えければ、ものなど言ひやりけり。
この男、市といふ所に出でて、透き影によく見えければ、ものなど言ひやりけり。


受領などの*娘にぞありける。
受領などの*娘にぞありける。

* 底本「の」なし。
まだ、男などもせざりけり。
まだ、男などもせざりけり。


后の宮のおもと人にぞありける。
きさいの宮のおもと人にぞありける。


さて、男も女も、おのおの帰りて、男、尋ねておこせたる。
さて、男も女も、おのおの帰りて、男、尋ねておこせたる。


百敷の
袂の数は
知らねども
分きて思ひの
色ぞ恋ひしき
ももしきの
たもとのかずは
しらねども
わきておもひの
いろぞこひしき
Не знамо мне,
Как много рукавов здесь
Дам придворных,
Но более их всех
Мне цвет любви прелестен.
С некоторыми изменениями помещена в Ямато-моногатари, 103
かく言ひ言ひて、会ひにけり。
かく言ひ言ひて、会ひにけり。


そののち、文もおこせず、またの夜も来ず。
そののち、ふみもおこせず、またの夜も来ず。


かかれば、「使ひ人など渡る」と聞きて、
かかれば、「使ひ人など渡る」と聞きて、


「人にしも、ありありて、かう音もせず、みづからも来ず。人をも奉れ給はぬこと」など言ふ。
「人にしも、ありありて、かう音もせず、みづからも来ず。人をも奉れ給はぬこと」など言ふ。


心地に思ふことなれば、
心地に思ふことなれば、


「くやし」と思ひながら、とかく思ひ乱るるに、四・五日になりぬ。
「くやし」と思ひながら、とかく思ひ乱るるに、四・五日になりぬ。


女、ものも食はで、音をのみ泣く。
女、ものも食はで、をのみ泣く。


ある人々、「なほ、かうな思ほしそ。人に知られ給はで、異事をもし給へ。さて、おはすべき御身かは」など言へば、
ある人々、「なほ、かうなおもほしそ。人に知られ給はで、異事ことごとをもし給へ。さて、おはすべき御身かは」など言へば、


ものも言はで籠り居て、いと長き髪をかきなでて、尼にはさみつ。
ものも言はで籠り居て、いと長き髪をかきなでて、尼にはさみつ。


使ふ人々、歎けど、かひなし。
使ふ人々、歎けど、かひなし。


来ざりけるやうは、来て、
来ざりけるやうは、来て、


「つとめて、人やらむ」としけれど、
「つとめて、人やらむ」としけれど、


官の長官、「にはかに、ものへいます」とて率ていましぬ。
つかさ長官かみ、「にはかに、ものへいます」とてていましぬ。


さらに帰し給はず。
さらに帰し給はず。


からうじて、帰る道に、亭子院*の召し使来て、
からうじて、帰る道に、亭子院ていじのいん*の召し使来て、

* 宇多天皇
「やがて参る。大堰におはします御供につかうまつる」。
「やがて参る。大堰おほゐにおはします御供につかうまつる」。


そこにて、二三日は酔ひまどひて、もの思えず、夜更けて帰り給ふに、「行かむ」とあれば、方塞がりたれば*、皆、人々続きて違へに去ぬ。
そこにて、二三日はひまどひて、もの思えず、夜更けて帰り給ふに、「行かむ」とあれば、方塞がりたれば*、皆、人々続きて違へに去ぬ。

* 「方塞がりたれば」は、底本「ふかたふたかたりたれは」。
「この女。いかに思ふらむ」とて、
「この女。いかに思ふらむ」とて、


夜さり、心もとなければ、
夜さり、心もとなければ、


「文やらむ」とて、書くほどに、人、打ち叩く。
「文やらむ」とて、書くほどに、人、打ち叩く。


「誰そ」と言へば、
たれそ」と言へば、


「尉の君に、もの聞こえむ」と言ふを、さし覗きて見れば、この女の人なり。
ぞうの君に、もの聞こえむ」と言ふを、さし覗きて見れば、この女の人なり。


「文」とて、差し出でたるを見るに、切り髪を包みたり。
ふみ」とて、差し出でたるを見るに、切り髪を包みたり。


あやしくて、文を見れば、
あやしくて、文を見れば、


あまの川
空なるものと
聞きしかど
わが目の前の
涙なりけり
あまのかは
そらなるものと
ききしかど
わがめのまへの
なみだなりけり
Небесная река
На небе есть —
Так я слышала.
Но это – из моих глаз
Льющиеся слёзы.
Также помещена в Ямато-моногатари, 103

Перевод: Ермакова Л. М. 1982 г. (Ямато-моногатари)
「尼になるべし」と思ふに目暗れぬ。
「尼になるべし」と思ふに目暗れぬ。


返し、男。
返し、男。


夜をわぶる
涙流れて
早くとも
あまの川には
さやはなるべき
よをわぶる
なみだながれて
はやくとも
あまのかはには
さやはなるべき


夜さり、行きて見るに、いとまがまがしくなん。
ようさり、行きて見るに、いとまがまがしくなん。


まことや、「檜の隈川は渡る」とは見し。
まことや、「檜の隈川は渡る」とは見し。


富小路殿の右大臣殿*の方に言ひたるぞ。
富小路殿の右大臣殿*の方に言ひたるぞ。

* 藤原顕忠
同じ右大臣殿の御母の、川原に出で給へるに、本院の大臣*も出で給ひて、女車より消息聞こえたりけれど、返り事もせで、帰り給ひにければ、女、
同じ右大臣殿の御母の、川原に出で給へるに、本院の大臣おとど*も出で給ひて、女車より消息せうそこ聞こえたりけれど、返り事もせで、帰り給ひにければ、女、

* 藤原時平
かからでも
ありにしものを
笹の隈
過ぐるを見てぞ
消えは果てにし
かからでも
ありにしものを
ささのくま
すぐるをみてぞ
きえははてにし


これを、のちに平中*聞きて、女に言ひ奉る。
これを、のちに平中*聞きて、女に言ひ奉る。

* 平貞文
まことにや
駒も留めて
笹の舟
檜の隈川は
渡り果てにし
まことにや
こまもとどめて
ささのふね
ひのくまがはは
わたりはてにし


女、帰り事。
女、帰り事。


いつはりぞ
笹の隈々
ありしかば
檜の隈川は
出でて見ざりき
いつはりぞ
ささのくまぐま
ありしかば
ひのくまがはは
いでてみざりき