この男、市といふ所に出でて、透き影によく見えければ、ものなど言ひやりけり。
この男、市といふ所に出でて、透き影によく見えければ、ものなど言ひやりけり。
受領などの*娘にぞありける。
受領などの*娘にぞありける。
まだ、男などもせざりけり。
まだ、男などもせざりけり。
后の宮のおもと人にぞありける。
后の宮のおもと人にぞありける。
さて、男も女も、おのおの帰りて、男、尋ねておこせたる。
さて、男も女も、おのおの帰りて、男、尋ねておこせたる。
百敷の
袂の数は
知らねども
分きて思ひの
色ぞ恋ひしき
ももしきの
たもとのかずは
しらねども
わきておもひの
いろぞこひしき
Не знамо мне,
Как много рукавов здесь
Дам придворных,
Но более их всех
Мне цвет любви прелестен.
かく言ひ言ひて、会ひにけり。
かく言ひ言ひて、会ひにけり。
そののち、文もおこせず、またの夜も来ず。
そののち、文もおこせず、またの夜も来ず。
かかれば、「使ひ人など渡る」と聞きて、
かかれば、「使ひ人など渡る」と聞きて、
「人にしも、ありありて、かう音もせず、みづからも来ず。人をも奉れ給はぬこと」など言ふ。
「人にしも、ありありて、かう音もせず、みづからも来ず。人をも奉れ給はぬこと」など言ふ。
「くやし」と思ひながら、とかく思ひ乱るるに、四・五日になりぬ。
「くやし」と思ひながら、とかく思ひ乱るるに、四・五日になりぬ。
女、ものも食はで、音をのみ泣く。
女、ものも食はで、音をのみ泣く。
ある人々、「なほ、かうな思ほしそ。人に知られ給はで、異事をもし給へ。さて、おはすべき御身かは」など言へば、
ある人々、「なほ、かうな思ほしそ。人に知られ給はで、異事をもし給へ。さて、おはすべき御身かは」など言へば、
ものも言はで籠り居て、いと長き髪をかきなでて、尼にはさみつ。
ものも言はで籠り居て、いと長き髪をかきなでて、尼にはさみつ。
使ふ人々、歎けど、かひなし。
使ふ人々、歎けど、かひなし。
来ざりけるやうは、来て、
来ざりけるやうは、来て、
「つとめて、人やらむ」としけれど、
「つとめて、人やらむ」としけれど、
官の長官、「にはかに、ものへいます」とて率ていましぬ。
官の長官、「にはかに、ものへいます」とて率ていましぬ。
からうじて、帰る道に、亭子院*の召し使来て、
からうじて、帰る道に、亭子院*の召し使来て、
「やがて参る。大堰におはします御供につかうまつる」。
「やがて参る。大堰におはします御供につかうまつる」。
そこにて、二三日は酔ひまどひて、もの思えず、夜更けて帰り給ふに、「行かむ」とあれば、方塞がりたれば*、皆、人々続きて違へに去ぬ。
そこにて、二三日は酔ひまどひて、もの思えず、夜更けて帰り給ふに、「行かむ」とあれば、方塞がりたれば*、皆、人々続きて違へに去ぬ。
「この女。いかに思ふらむ」とて、
「この女。いかに思ふらむ」とて、
夜さり、心もとなければ、
夜さり、心もとなければ、
「文やらむ」とて、書くほどに、人、打ち叩く。
「文やらむ」とて、書くほどに、人、打ち叩く。
「尉の君に、もの聞こえむ」と言ふを、さし覗きて見れば、この女の人なり。
「尉の君に、もの聞こえむ」と言ふを、さし覗きて見れば、この女の人なり。
「文」とて、差し出でたるを見るに、切り髪を包みたり。
「文」とて、差し出でたるを見るに、切り髪を包みたり。
あやしくて、文を見れば、
あやしくて、文を見れば、
あまの川
空なるものと
聞きしかど
わが目の前の
涙なりけり
あまのかは
そらなるものと
ききしかど
わがめのまへの
なみだなりけり
Небесная река
На небе есть —
Так я слышала.
Но это – из моих глаз
Льющиеся слёзы.
「尼になるべし」と思ふに目暗れぬ。
「尼になるべし」と思ふに目暗れぬ。
夜をわぶる
涙流れて
早くとも
あまの川には
さやはなるべき
よをわぶる
なみだながれて
はやくとも
あまのかはには
さやはなるべき
夜さり、行きて見るに、いとまがまがしくなん。
夜さり、行きて見るに、いとまがまがしくなん。
まことや、「檜の隈川は渡る」とは見し。
まことや、「檜の隈川は渡る」とは見し。
富小路殿の右大臣殿*の方に言ひたるぞ。
富小路殿の右大臣殿*の方に言ひたるぞ。
同じ右大臣殿の御母の、川原に出で給へるに、本院の大臣*も出で給ひて、女車より消息聞こえたりけれど、返り事もせで、帰り給ひにければ、女、
同じ右大臣殿の御母の、川原に出で給へるに、本院の大臣*も出で給ひて、女車より消息聞こえたりけれど、返り事もせで、帰り給ひにければ、女、
かからでも
ありにしものを
笹の隈
過ぐるを見てぞ
消えは果てにし
かからでも
ありにしものを
ささのくま
すぐるをみてぞ
きえははてにし
これを、のちに平中*聞きて、女に言ひ奉る。
これを、のちに平中*聞きて、女に言ひ奉る。
まことにや
駒も留めて
笹の舟
檜の隈川は
渡り果てにし
まことにや
こまもとどめて
ささのふね
ひのくまがはは
わたりはてにし
いつはりぞ
笹の隈々
ありしかば
檜の隈川は
出でて見ざりき
いつはりぞ
ささのくまぐま
ありしかば
ひのくまがはは
いでてみざりき