その姿、布のつづり、紙衣なんどの、いふばかりなく、ゆゆしげに破れはらめきたるを、いくらともなく着ぶくれて、布袋の汚なげなるに、乞ひ集めたる物を一つに取り入れて、歩き歩きこれを食らふ。
その姿、布のつづり、紙衣なんどの、いふばかりなく、ゆゆしげに破れはらめきたるを、いくらともなく着ぶくれて、布袋 の汚なげなるに、乞ひ集めたる物を一つに取り入れて、歩 き歩きこれを食らふ。
ある時、「雨の降りて、まかり寄るべき所もなければ、この縁の片端に候はん」と言ひければ、例ならず、あやしう思えながら置きつ。
ある時、「雨の降りて、まかり寄るべき所もなければ、この縁の片端 に候はん」と言ひければ、例ならず、あやしう思えながら置きつ。
ことのほかに思ゆれど、世の常の人のやうに、あひしらうほどに、やうやう、天台宗の法門どもの、えもいはぬ理ども尋ねつ。
ことのほかに思ゆれど、世の常の人のやうに、あひしらうほどに、やうやう、天台宗の法門どもの、えもいはぬ理 ども尋ねつ。
年経て、人、語りけるは、和泉国に乞食し歩きけるが、終りには、人も来寄らぬ所の、大きなる木のもとに、下枝に仏掛け奉りて、西に向ひて、合掌して、居ながら眼を閉ぢてなむありける。
年経て、人、語りけるは、和泉国に乞食し歩 きけるが、終りには、人も来寄らぬ所の、大きなる木のもとに、下枝 に仏掛け奉りて、西に向ひて、合掌して、居ながら眼を閉ぢてなむありける。
着物は筵・薦をさへ重ね着つつ、人の姿にもあらず、会ふ人ごとに必ず、「あま人・法師・をとこ人・女人等清浄」と言ひ拝むわざをしければ、それを名に付けてなむ、見と見る人、皆、「つたなく、ゆゆしき者」とのみ思ひけれど、げには、やうありける者にや、阿証房といふ聖を得意にして、思ひがけぬ経論なんどを借りて、人にも知らせず、懐に引き入れて、持ちて行きて、日ごろ経てなむ返すことを、常になんしける。
着物は筵 ・薦 をさへ重ね着つつ、人の姿にもあらず、会ふ人ごとに必ず、「あま人・法師・をとこ人・女人等清浄」と言ひ拝むわざをしければ、それを名に付けてなむ、見と見る人、皆、「つたなく、ゆゆしき者」とのみ思ひけれど、げには、やうありける者にや、阿証房といふ聖を得意にして、思ひがけぬ経論なんどを借りて、人にも知らせず、懐 に引き入れて、持ちて行きて、日ごろ経てなむ返すことを、常になんしける。