大内記にて註すべきことあつて、内へ参りけるに、左衛門の陣の方に、女の、涙を流して泣き立てるあり。
大内記にて註 すべきことあつて、内へ参りけるに、左衛門の陣の方に、女の、涙を流して泣き立てるあり。
底本「陳(チン)」。文意によって訂正。
「何ごとによりて泣くぞ」と問ひければ、「主の使ひにて、石の帯を人に借りて、持ちてまかりつる道に、落して侍れば、主にも重く誡められむずらん、さばかりの大事の物を失ひたる悲しさに、帰る空も思えず、思ひやる方なくて」となむ言ふ。
「何ごとによりて泣くぞ」と問ひければ、「主 の使ひにて、石の帯を人に借りて、持ちてまかりつる道に、落して侍れば、主にも重く誡められむずらん、さばかりの大事の物を失ひたる悲しさに、帰る空も思えず、思ひやる方なくて」となむ言ふ。
さて、方角に帯もなくて、隠れ居たりけるほどに、事始まりにければ、「遅し、遅し」と催されて、異人の帯を借りて、その公事をば勤めける。
さて、方角 に帯もなくて、隠れ居たりけるほどに、事始まりにければ、「遅し、遅し」と催 されて、異人 の帯を借りて、その公事をば勤めける。
道の間、堂塔のたぐひはいはず、いささか卒塔婆一本ある所には、必ず馬より下りて、恭敬・礼拝し、また、草の見ゆる所ごとに、馬の食み止るに、心にまかせつつ、こなたかなたへ行くほどに、日たけて、朝に家を出づる人、未申の時までになむなりにけり。
道の間、堂塔のたぐひはいはず、いささか卒塔婆一本ある所には、必ず馬より下りて、恭敬・礼拝し、また、草の見ゆる所ごとに、馬の食 み止るに、心にまかせつつ、こなたかなたへ行くほどに、日たけて、朝に家を出づる人、未申の時までになむなりにけり。
舎人、いみじく心づきなく思えて、馬を荒らかに打ちたりければ、涙を流し、声を立てて、泣き悲しみていはく、「多かる畜生の中に、かく近付くことは、深き宿縁にあらずや。過去の父母にもやあるらん。いかに大きなる罪をば作るぞ」と、「いと悲しきことなり」と、驚き騒ぎければ、舎人、言ふはかりなくて、まかりてぞ立ち帰りける。
かやうの心なりければ、『池亭記』とて、書き置きたる文にも、「身は朝にありて、心は隠にあり」とぞ侍るなる。
かやうの心なりければ、『池亭記』とて、書き置きたる文にも、「身は朝にありて、心は隠 にあり」とぞ侍るなる。
年たけてのち、頭おろして、横川に上り、法文習ひけるに、僧賀上人、いまだ横川に住み給ひけるほどに、これを教ゆとて、「止観の明静なること前代未だ聞かず」と読まるるに、この入道、ただ泣きに泣く。
年たけてのち、頭おろして、横川に上り、法文習ひけるに、僧賀上人、いまだ横川に住み給ひけるほどに、これを教ゆとて、「止観の明静 なること前代未だ聞かず」と読まるるに、この入道、ただ泣きに泣く。
僧賀上人. 増賀。第一第5話 多武峰僧賀上人、遁世往生の事参照。
聖、「さる心にて、かくやはいつしか泣くべき。あな、愛敬なの僧の道心や」とて、拳を握りて、打ち給ひければ、「われも、人もこそ」と、まかりて立ちにけり。
聖、「さる心にて、かくやはいつしか泣くべき。あな、愛敬 なの僧の道心や」とて、拳 を握りて、打ち給ひければ、「われも、人もこそ」と、まかりて立ちにけり。