中ごろ、肥後国に僧ありけり。



もとは清かりけるを、年半ばたけて後、妻をなんまうけたりける。
もとは清かりけるを、年半ばたけて後、をなんまうけたりける。


かかれど、なほ後世のことを思ひ放たず、理観を心にかけつつ、その勤めの為に別に屋を作りて、かしこを観念の所と定めて、年ごろ勤め行ひけり。
かかれど、なほ後世のことを思ひ放たず、理観を心にかけつつ、その勤めの為に別にいゑを作りて、かしこを観念の所と定めて、年ごろ勤め行ひけり。


この妻、男のため心ざし深く、ことにふれてねんごろなりけれど、いかが思ひけん、病を受けたりける時、この妻にうちとけず、あひ知れる僧を呼びて、忍び語らふやう、「もし、限りならん時は、あなかしこ、あなかしこ、妻の方に告げ給ふな。ことさら、少し思ふゆゑあり」と言ひければ、その心得てのみあつかふほどに、いともわづらはず、終はり思ふさまにめでたくして、西に向ひて息絶えにけり。



さてしも、あるべきならねば、とばかりありて、妻にこのことを告ぐ。



すなはち、驚きまどひ、をびたたしく手をたたきて、眼をいからかし、もだへ迷ひて絶え入りぬ。



人おぢて、近付きも寄らざりける間に、一時ばかりありて、世に恐ろしう、声のある限りをめき叫びて言ふやう、「われ、拘留孫仏の時より、こやつが菩提を妨げんために、世々生々に妻となり、男となり、さまざま親しみたばかりて、今まで本意のごとく随ひ付きもたりつるを、今日すでに逃がしつる。ねたきわざかな」と言ひて、歯をくひしばり、垣壁を叩く。
人おぢて、近付きも寄らざりける間に、一時ばかりありて、世に恐ろしう、声のある限りをめき叫びて言ふやう、「われ、拘留孫仏の時より、こやつが菩提を妨げんために、世々生々せぜしやうじやうに妻となり、男となり、さまざま親しみたばかりて、今まで本意ほいのごとく随ひ付きもたりつるを、今日すでに逃がしつる。ねたきわざかな」と言ひて、歯をくひしばり、垣壁かきかべを叩く。

拘留孫仏. 「拘留孫仏」は底本「狗留孫仏」。文意により訂正。
往生伝. 『拾遺往生伝』
人、いとど恐れをののきて、みな這ひ隠れたる間に、いづちともなく失せにけり。



その後、つひに行方知らずとなん。
その後、つひに行方ゆくかた知らずとなん。


往生伝には、「康平の比」と註せり。



これ、一人が上にあらず。



悪魔の、さりがたき人となりて、二世を妨ぐることは、誰も必ずあるべきことなり。



かかれば、このことを心にかけつつ、親しき疎き分かず、善をすすむる人あらば、「仏菩薩こそ、さまざま形を変じて、人を化度し給へ。まし化身か、もしまた、その便りか」とむつましく思ひ、罪を作らせ、功徳を妨げて、執を留めん人をば、世々生々の悪縁と恐れて、遠ざからんことを願ふべし。
かかれば、このことを心にかけつつ、親しきうとき分かず、善をすすむる人あらば、「仏菩薩こそ、さまざま形を変じて、人を化度し給へ。まし化身か、もしまた、その便りか」とむつましく思ひ、罪を作らせ、功徳を妨げて、しふを留めん人をば、世々生々の悪縁と恐れて、遠ざからんことを願ふべし。

底本「カレハ」。文意によって訂正。
おほかた、人の心は、野の草の風に随ふがごとし。



縁によりてなびきやすし。



誰かは、道心なき人といへど、仏に向ひ奉りて、掌を合はせざる。
誰かは、道心なき人といへど、仏に向ひ奉りて、たなごころを合はせざる。


いかなる智者かは、媚びたる形を見て、目を悦ばしめざる。



かの浄蔵貴所は日本第三の行人なれど、近江の守ながよが女に契りを結べり。
かの浄蔵貴所は日本第三の行人なれど、近江の守ながよがむすめに契りを結べり。

久米の仙人は、通を得て、空を飛ありきけれど、下種女の、物洗ひける脛の白かりけるに欲を発して、仙を退して、ただ人となりにけり。
久米の仙人は、通を得て、空を飛ありきけれど、下種げす女の、物洗ひけるはぎの白かりけるに欲をおこして、仙を退して、ただ人となりにけり。


今の世にも、手足の皮を剥ぎて、指を灯し、爪を砕き、さまざま、かたはをさへつけて仏道を行ふ人は、その発心のほど隠れなけれど、悪縁にあひて、妻子をまうくるためし多かり。
今の世にも、手足の皮を剥ぎて、指をとぼし、爪を砕き、さまざま、かたはをさへつけて仏道を行ふ人は、その発心のほど隠れなけれど、悪縁にあひて、妻子をまうくるためし多かり。


われも人も凡夫なれば、ただ近付かぬにはしかぬなり。