堀河院、位におはしましける時、天が下治まりて、民安く、世のどかなり。
近くは後三条院の御時などをこそ、いみじきためしに申ぬるを、これは今少し情深く艶にやさしきかたさへ、すぐれさせ給へり。
近くは後三条院の御時などをこそ、いみじきためしに申ぬるを、これは今少し情深く艶にやさしきかたさへ、すぐれさせ給へり。
唐には天宝のためしを引き、わが国には延喜・天暦のかしこき御代に立ち帰ることをぞ、高きも賤きも悦びけり。
その時、身はいやしながら、蔵人所に候ひて、朝夕つかうまつる男ありけり。
及ばぬ心にも、御有様をかぎりなくめでたく思ひしめて、何のわが身を立てんことまでも思はず、ただ、かかる御代に生れ合ひて、御垣の内に明かし暮らすこと、よろづの愁へもなくなぐさみて、心ばかりつかうまつれど、わが身かずならねば、あらはるる便りもなし。
かかるほどに、無常はかしこきも愚なるも遁れぬ習ひなれば、盛んなる花の雨風にしぼみぬる心地して、いささか才ある人は、身一つの歎きと悲しびあへるさま、ことわりにも過ぎたりけり。
かの男、かくれおはしましける日より、あるはあるにもあらず、夜の明け、日の暮るる分ちも知らぬ様にてなん通ひける。
つひに頭おろして、ここかしこ聴聞などしありきけれど、ものも言はず、なすこともなし。
つひに頭おろして、ここかしこ聴聞などしありきけれど、ものも言はず、なすこともなし。
蝉のもぬけのごとくにて、生けるものとも見えざりけり。
常には、もろもろの仏神に、「かの生まれ所を示し給へ」と、二心なく祈り申しけるほどに、年経て後、西の海に大竜になりておはします由を、夢に見えたりければ、限りなく嬉しくて、たちまちに筑紫のかたへ行きて、東風のけはしく吹きたりける日、舟に乗りて、押し出でにけり。
常には、もろもろの仏神に、「かの生まれ所を示し給へ」と、二心なく祈り申しけるほどに、年経て後、西の海に大竜になりておはします由を、夢に見えたりければ、限りなく嬉しくて、たちまちに筑紫のかたへ行きて、東風のけはしく吹きたりける日、舟に乗りて、押し出でにけり。
しばしは波間によろひつつ見えけれど、後には行く末も知らずなりにければ、見る人、涙を流して、そのころの世語りになんしける。
よろづのこと、志によることなれば、身をかへて、必ず参り合ひてつかふまつりなんかし。
よろづのこと、志によることなれば、身をかへて、必ず参り合ひてつかふまつりなんかし。
おほかた、程につけつつ、まことの世には思はずなること多かりし。
親しき・疎きにもよらず、かへりみの有り無しにもよらず。
かくはしりつきたる物の命かはり、年ごろ深くあひ頼みたる人の、人よりも愚かなるためし多く聞こゆるは、前の世の結縁によるにこそ。
一度は、生き返りて見まほしきことなり。
一度は、生き返りて見まほしきことなり。