昔、男ありけり。



をのこ子二人持ちたるにとりて、兄は先の妻の腹、弟は今の妻の腹になんありける。



かかれど、兄のをのこ、継母のために、つゆもおろかならず。
かかれど、兄のをのこ、継母ままははのために、つゆもおろかならず。


失せにしわが母のごとく、ねんごろに孝養すれば、母また、わが子にも思ひおとせることなかりけり。



二人の子、やうやう人となりて後、父、先立ちて病を受けて死なんとする時、母に言ふやう、「年ごろ、この兄のをのこをあはれみはぐくむことは、ことの折節にみな思ひ知れり。うしろめたなかるべきならねど、何事もあとのことを思ふに、なほ彼がいとほしく思ゆるなり。われを深く思はば、わが形見と思ひて、いとほしくせよ」と、泣く泣く言ひ置きて死ぬ。
二人の子、やうやう人となりて後、父、先立ちて病を受けて死なんとする時、母に言ふやう、「年ごろ、この兄のをのこをあはれみはぐくむことは、ことの折節にみな思ひ知れり。うしろめたなかるべきならねど、何事もあとのことを思ふに、なほかれがいとほしく思ゆるなり。われを深く思はば、わが形見と思ひて、いとほしくせよ」と、泣く泣く言ひ置きて死ぬ。


その後、母、このことをたがへず、やや弟にもまさりてなむあはれみける。



かかるほどに、ともに大人になりて、兄のをのこ、妻をまうけたり。



この妻、形良くて、見る人多く心を動かす。



その中に、朝夕公につかうまつりて、身のほどよりし、おごれる者ありけり。



おのが身、君に知られ参らせたることを頼むにやありけん、夜な夜な男にもはばからず、ややもすれば、あらはれて通ふを見るに、この弟のをのこ、安からず、おこる後のことも思えず走り出でて、これを殺しつ。



隠すとすれど、このこと世に聞こえて、すなはち、弟の男、からめられぬ。
隠すとすれど、このこと世に聞こえて、すなはち、おととの男、からめられぬ。


死する者の親しき者ども、早く命を絶たるべき由、強く訴へ申す。
死する者の親しき者ども、早く命を絶たるべき由、こはく訴へ申す。


上にも御とがめ軽からざりければ、検非違使承りて、殺さんとす。
上にも御とがめ軽からざりければ、検非違使けんびゐし承りて、殺さんとす。


その時、兄の男、進み出でて申すやう、「弟の男は、さらにおのが身のためにつかうまつりたることにあらず。わがみなもとに侍り。早く、われ罪を蒙るべし」と申す。



弟の言ふやう、「兄はかの女の男と申すばかりにてこそ侍れ、さらに過したることなし。われこそ、罪は蒙らめ」と申す。
弟の言ふやう、「兄はかの女の男と申すばかりにてこそ侍れ、さらにとがしたることなし。われこそ、罪は蒙らめ」と申す。


兄弟、かくのごとく争ふ間に、上にも、はからひわづらひ給ひて、「一人を罪せらるべきにとりて、かれらが申すことども、みな謂なきにあらず。さらば、母を召して、かれが申さんによるべし」と定められぬ。
兄弟、かくのごとく争ふ間に、上にも、はからひわづらひ給ひて、「一人を罪せらるべきにとりて、かれらが申すことども、みないはれなきにあらず。さらば、母を召して、かれが申さんによるべし」と定められぬ。


すなはち召し出だして、このことを問はるるに、母、とばかり思ひわづらひて、涙を流しつつ、弟に罪せらるべき由を申す。



その時、検非違使、思ひの外に思えて、ゆゑを問ふ。



母の申すやう、「兄は継子なり。弟はまことの子なり。しかあれど、いとけなく侍りしより、かれもまことの母と頼み、われも子に思ひおとすことなし。いはんや、父まかり隠れし時、ねんごろに申し置くこと侍りき。その言葉、心の底にとまりて、昔を思ひ出づるごとに、ただ今聞くかごとし。『たとひ、いくたりのわが子を失なふとも、かれをば助けん』と思ふ。すべては、父まかり隠れて後、これらを左右にすゑ、兄をば父の形見と思ひ、弟をばわが身と頼みて、もろもろの愁へをなぐさめつつ、月日を過し侍るに、今ここに罪を蒙れり。すなはち、わが身の報ひのつたなき」と言ふ。



聞く人、みな涙を流してあはれむ。



深く訴へ申しつる者ども、また、これをあはれみあへり。



このこと、上に聞こし召して。



「三人ともにやむごとなき者なり。罪をなだめて許すべし」となむ仰せられける。



かの山蔭中納言のうへには、たとへもなかりける母の心かな。


山蔭中納言は藤原山蔭。『今昔物語集』19ー29に、山蔭の妻が継子を海中に落して殺そうとしたが、亀が助けたとう話がある。
ただし、これは晋の三賢といふ物語に似たり。



もしそのことにや。