神楽岡の清水谷といふ所に、仏種房といふて、貴き聖人ありき。
対面したることはなかりしかども、近き世の人なりしかば、つひに、往生人とて、人の貴みあひたりしをば、伝へ聞き侍りき。
この聖人、そのかみ水飲といふ所に住み侍りけるころ、木拾ひに谷へ下りける間に、盗人、入りにけり。
この聖人、そのかみ水飲といふ所に住み侍りけるころ、木拾ひに谷へ下りける間に、盗人、入りにけり。
わづかなる物ども、みな取つて、「遠く逃げぬ」と思うて、返り見れば、もとの所なり。
「いと怪し」と思ひて、「なほ行くぞ」と思ふほどに、二時ばかり、かの水飲の湯屋をめぐりて、さらに外へ去らず。
「いと怪し」と思ひて、「なほ行くぞ」と思ふほどに、二時ばかり、かの水飲の湯屋をめぐりて、さらに外へ去らず。
答へていふやう、「われは盗人なり、しかるに、『遠く逃げ去りぬ』と思へども、すべて行くことを得ず。これ、ただごとにあらず。今に至りては、物を返し侍らん。願はくは許し給へ。まかり帰りなむ」と言ふ。
聖のいはく、「なじかは、罪深くかかる物をば取らむとする。ただ、欲しう思ひてこそは取りつらん。さらに返しうべからず。それなしとも、われ、こと欠くまじ」と言ひて、盗人になほ取らせてやりける。
大方、心に哀れみ深くぞありける。
大方、心に哀れみ深くぞありける。
年を経て、かの清水谷に住みける時、あひ頼みたる檀越あり。
年を経て、かの清水谷に住みける時、あひ頼みたる檀越あり。
深く帰依して、折節には贈り物し、ことにふれて心ざしをはこびつつ過ぎけるに、ことに、この聖、わざと出で来たりて言ふやう、「思ひがけず思しぬべけれど、年ごろ頼み奉つて侍るなり。このほど、夢のごとくなる庵室を造るとて、工を使ひ侍りしが、魚をよげに食ひ侍りしがうらやましくて、魚の欲しく侍れば、『この殿には多く侍るらむ』と思ひて、わざと参れるなり」と言ふ。
深く帰依して、折節には贈り物し、ことにふれて心ざしをはこびつつ過ぎけるに、ことに、この聖、わざと出で来たりて言ふやう、「思ひがけず思しぬべけれど、年ごろ頼み奉つて侍るなり。このほど、夢のごとくなる庵室を造るとて、工を使ひ侍りしが、魚をよげに食ひ侍りしがうらやましくて、魚の欲しく侍れば、『この殿には多く侍るらむ』と思ひて、わざと参れるなり」と言ふ。
主、おろかなる女心に、「あさまし」と思ひのほかに思えけれど、よきやうにして取り出だしたりければ、よくよく食らうて、残りをば瓦器を蓋に覆ひて、紙にひき包みて、「これをば、あれにて食べむ」とて、ふところに入れて出でにけり。
主、おろかなる女心に、「あさまし」と思ひのほかに思えけれど、よきやうにして取り出だしたりければ、よくよく食らうて、残りをば瓦器を蓋に覆ひて、紙にひき包みて、「これをば、あれにて食べむ」とて、ふところに入れて出でにけり。
そののち、この人、本意なく思えながら、さすがに心苦しく思ひやりて、「一日の御家づと、夢がましく見え侍へりしかば、重ねて奉るなり」とて、さまざまに調じて、贈りたりけれど、そのたびはととめず、「御心ざしは嬉しく侍り。されども、一日の残にたえ飽きて、今は欲しくも侍らねば、これ返し奉る」となむ、言ひたりける。
そののち、この人、本意なく思えながら、さすがに心苦しく思ひやりて、「一日の御家づと、夢がましく見え侍へりしかば、重ねて奉るなり」とて、さまざまに調じて、贈りたりけれど、そのたびはととめず、「御心ざしは嬉しく侍り。されども、一日の残にたえ飽きて、今は欲しくも侍らねば、これ返し奉る」となむ、言ひたりける。
かたの様なる家、荒れこぼれて、繕ふことなし。
かたの様なる家、荒れこぼれて、繕ふことなし。
病を見る人もなければ、一人のみ病み臥せりけるに、時は八月十五夜の、月いみじく明かかりける夜、宵より声を上げて念仏することあり。
病を見る人もなければ、一人のみ病み臥せりけるに、時は八月十五夜の、月いみじく明かかりける夜、宵より声を上げて念仏することあり。
集りて見るに、板間も合はず荒れたる家に、月の光、心のままにさし入りたるよりほかに友なし。
夜中うち過ぐるほどに、「あな嬉し。これこそは、年ごろ思ひつることよ」と言ふ音、壁の外に聞こえけり。
夜中うち過ぐるほどに、「あな嬉し。これこそは、年ごろ思ひつることよ」と言ふ音、壁の外に聞こえけり。
夜明けて、見ければ、西に向ひて端座し、合掌して、眠るがごとくにてぞありける。
この家は少しも離れず、あやしの下臈の家どもの軒続きになむありける。