年ごろ、思ふことなくて、世の中騒がしと言へば、「この君だち、いかが」と思へど、かばかり行ひ勤めつつおはさうずれば、それも頼もしう侍りつるほどに、多くの年ごろあり、かくたぐひなき心つき給へりける阿闍梨の心やうになるまであひたるも、あまりの命長さの罪にぞ思え侍る。
年ごろ、思ふことなくて、世の中騒がしと言へば、「この君だち、いかが」と思へど、かばかり行ひ勤めつつおはさうずれば、それも頼もしう侍りつるほどに、多くの年ごろあり、かくたぐひなき心つき給へりける阿闍梨あざりの心やうになるまであひたるも、あまりの命長さの罪にぞ思え侍る。


「今は、もし、立ち寄りおはしたりとも、それまで世に生きて侍らじ」と、今日にても失せぬべく思え侍るなり。



歎きわび
絶えむ命は
口惜しく
つゆ言ひ置かむ
言の葉もなし
なげきわび
たえむいのちは
くちをしく
つゆいひおかむ
ことのはもなし


と思ふほどに蝉鳴く。



おどろおどろしき声ひきかへ、道心おこしたる、「くつくつ法師」と鳴くも、むなしき殻こそは梢にはとどめむずらめ。
おどろおどろしき声ひきかへ、道心おこしたる、「くつくつ法師」と鳴くも、むなしき殻こそはこずゑにはとどめむずらめ。


それにも劣りて、この身には影だにも見えず。



あはれに尽きせぬ涙、こぼれ落つるに、人の来て言ふ。



「筑紫より夜べまで来たる人の、『八月二十日宵のほどに、阿闍梨は、『唐に渡り給ひなむ』とて、船に乗るべきやうにておはすとききし』と申す」と言へど、「文などもあらばこそは。
「筑紫よりべまで来たる人の、『八月二十日宵のほどに、阿闍梨は、『唐に渡り給ひなむ』とて、船に乗るべきやうにておはすとききし』と申す」と言へど、「文などもあらばこそは。


まことにやあらむ、虚言にやあらむ」と、胸ふたがりて、いとどしく、あはれに悲しうて、
まことにやあらむ、虚言そらごとにやあらむ」と、胸ふたがりて、いとどしく、あはれに悲しうて、


よどみなく
涙の川は
ながるれど
思ひぞ胸を
やくとこがるる
よどみなく
なみだのかはは
ながるれど
おもひぞむねを
やくとこがるる