例のわれにもあらずながら、日ごろ過ぐるほどに、霜月にぞ御文ある。



見れば、「十月二十日ぞ、備中の新山といふ所に詣で来たる。正月のほどに人おこせむ」とあり。
見れば、「十月二十日ぞ、備中の新山といふ所にで来たる。正月のほどに人おこせむ」とあり。


「さりぬべくは、みづからも来む」とぞあるを、



「もしや」と人知れず待つに、見えず。



岩倉の僧たち、「御迎へにも、試みに」とて、正月十四日下るにぞ、文付けて奉る。



そののち、待ち暮し明かすに、「徒歩より参る」と言ひし者ぞ帰りたる。
そののち、待ち暮し明かすに、「徒歩かちより参る」と言ひし者ぞ帰りたる。


二月十四日の文、「これは備中より遠き、安芸の国といふ所に詣で来たり。
二月十四日の文、「これは備中より遠き、安芸の国といふ所にで来たり。


唐人、有り無し聞きて、四月に京には上らむ」とぞある。



「こたみぞ、まことに『たよりあらば渡りなむ』と思ひ給へる」と思ひはてて、言ふべき方なき心地のみして、何事にか慰み侍らむ。



この、来たる者の、「船に乗り給ひしを見て来し」と言ひしかば、



この岸
を漕ぎ離れぬ
る船なれば
うらみやるべき
かたも知られず
このきしを
こぎはなれぬる
ふねなれば
うらみやるべき
かたもしられず


思へども、思へども、「世にたぐひなき心付きたる人かな」とのみ、恨めしく思え侍るも、あまりの命長き身、恥づかしうぞ。



つらかりし
去年の歎きに
いとどしく
このめはるかに
なると聞くかな
つらかりし
こぞのなげきに
いとどしく
このめはるかに
なるときくかな


「今はただ、死なむのみこそ、嬉しきことにてはあるべかんめれ」とぞ思え侍る。



「この二月二十四日、彼岸といふほどに」など聞けば、日の西の方にうるはしき折、拝まむとし侍るに、二月一日、いたく曇りて待ち暮しも、空さへ心憂くと思えて、



わがためは
拝む入り日も
雲隠れ
長き闇こそ
思ひやらるれ
わがためは
おがむいりひも
くもかくれ
ながきやみこそ
おもひやらるれ