子は二人ぞ。



律師・阿闍梨にて、心ばへより始め、めでたく、たぐひあらじと思えて、ものし給ふ。
律師りし阿闍梨あざりにて、心ばへより始め、めでたく、たぐひあらじと思えて、ものし給ふ。

律師=仁和寺の律師成尊か
阿闍梨=律師
朝夕に嬉しきことにて、年月あつかはれ、過ぐして侍るに、阿闍梨、世の中にいたく仕へ、修法なども、ここかしこ、ひまなくしつつ、苦しき折々は、ともすれば、「心のどかに、行ひなどして侍らばや」と云ひわたり給ふに、
朝夕に嬉しきことにて、年月あつかはれ、過ぐして侍るに、阿闍梨、世の中にいたく仕へ、修法すほふなども、ここかしこ、ひまなくしつつ、苦しき折々は、ともすれば、


世の中めでたく、世を久しく保たせ給ひつる関白殿、年いたう積らせ給ひて、宇治殿とて、めでたき堂、極楽などのあらむやうにして、こもり居させ給ひて、行幸せさせ給ひ、めでたきことどもして御覧じ、おもしろく聞こゆること限りなし。


関白殿=藤原頼通
宇治殿=平等院
さて、しばしありて、宇治殿、悩ませ給ふに、「老いさせ給ふけにこそは」と、人々思ひたるに、「御門、例ならずおはします」と聞こゆ。


御門=後冷泉天皇
阿闍梨は宇治殿へ参りなどし給ふに、また、内の御修法とし、道を中にて歩き、おほかそうのいとまなく、騒がしくて過ぐるほどに、いとほしう苦しげに、そこらの御修法、
阿闍梨は宇治殿へ参りなどし給ふに、また、内の御修法とし、道を中にてありき、おほかそうのいとまなく、騒がしくて過ぐるほどに、いとほしう苦しげに、そこらの御修法、


仁和寺仁和寺と申すも参らせ給へるに、宇治殿、「良き人あまた候ひ給ふほどに、しばし」と召せば、参り給ひぬる。
仁和寺にわじの宮と申すも参らせ給へるに、宇治殿、「良き人あまた候ひ給ふほどに、しばし」と召せば、参り給ひぬる。

仁和寺の宮=性信法親王。三条天皇皇子師明親王。大御室ともいわれる。
日ごろのほどに、「御門、いたく悩ませ給ひて、騒ぐ」と聞くほどに、「失せさせ給ひぬ」と人々言ふ。夢のやうにあはれに侍りしものかな。



「宇治殿は、怠らせ給ひて」とて、宇治殿より、阿闍梨、帰り給ひて、



「あさましう、夢のやうにも侍る世かな。限りなき御身にも、世のはかなさは、かくこそは」とて、



「年ごろよりも、なつかしう召し使はせたまへることの思ひ出で侍るも、いとこそあはれに」と、ともすれば申し出でつつ、過ぐし給ふ。


「と」底本なし。脱字とみて補う。
四月に御門失せさせ給ひて、七月の一日の日、岩倉に入りぬ。


岩倉=成尋の住む大雲寺の所在。現在の京都市左京区。
「そこに入りて、念仏もせよかし」とあれば、喜びて、入りて、近き所にて見通はして、思ふさまにて侍る。