月のいみじう明かきを見侍るに、夜更けて入るに、月輪といふことの思えて、あはれに、



山の端に
出で入る月も
めぐりては
心の内に
すむとこそ聞け
やまのはに
いでいるつきも
めぐりては
こころのうちに
すむとこそきけ


出で入ると
人目ばかりに
見ゆれども
こしの山には
のどかなりとか
いでいると
ひとめばかりに
みゆれども
こしのやまには
のどかなりとか


空にて見まほしう侍りてぞ。



秋の末になりて、風凉しう、よろづのこと思ゆるほどに、治部卿殿より綿を、「阿闍梨なくて、かやうのもの要にや」とて、賜はせたるに、思え侍りし。
秋の末になりて、風凉しう、よろづのこと思ゆるほどに、治部卿殿より綿を、「阿闍梨あざりなくて、かやうのものえうにや」とて、賜はせたるに、思え侍りし。

治部卿殿=源隆国の長男隆俊か。
浦風の
身にしむあまの
釣舟か
わたの原にぞ
島がくれゐる
うらかぜの
みにしむあまの
つりぶねか
わたのはらにぞ
しまがくれゐる


されど御返しには、書かずなりにき。



また、肥前の北の方の、国より、長か絹・細き布など、縫ひくくみありしにも、
また、肥前ひぜの北の方の、国より、長か絹・細き布など、縫ひくくみありしにも、

肥前の北の方=肥前国守の夫人。肥前国守は藤原定成か。
あま小舟
のりは誰にと
うらむるに
きぬと知らする
人ぞ嬉しき
あまをぶね
のりはたれにと
うらむるに
きぬとしらする
ひとぞうれしき

肥前の北の方
これも、返り事には書かず。



「昔ありける藤六と言ひける者こそ、かやうなることは言ひけれ」と思えしかば、とどめてき。
「昔ありける藤六とうろくと言ひける者こそ、かやうなることは言ひけれ」と思えしかば、とどめてき。

藤六=藤原輔相
さるは、異事との思えぬままに、幼き者の、草子の中に葵を入れたりけるに、枯れたるを取り出でて、「これ御覧ぜよ」と言ふに、思え侍りける。
さるは、異事ことごとの思えぬままに、幼き者の、草子の中にあふひを入れたりけるに、枯れたるを取り出でて、「これ御覧ぜよ」と言ふに、思え侍りける。


祈りつつ
神にかけてし
かひもなく
あふひ知られぬ
恋をこそすれ
いのりつつ
かみにかけてし
かひもなく
あふひしられぬ
こひをこそすれ


と言はるる。