さるは、身の思はずなるありさまになり侍りしより、長らへてあるまじき心地のみして、春の梅の匂ひをかしく、桜の盛りに、花とうくの匂ひ見るに、目も霧り、めでたく思えながら、「立ち返り咲かむまでも、世にあらじかし」と思ひ、


「とうく」不明。「遠く」か。底本「う」に「本ニ本」と傍書。
秋の檀の紅葉の、同じ梢なれど、むらむらにいろいろなる、をかしけれど、「これにはまたや会はむ」とのみ思え過ぐしつるに、
秋のまゆみ紅葉もみぢの、同じこずゑなれど、むらむらにいろいろなる、をかしけれど、「これにはまたや会はむ」とのみ思え過ぐしつるに、


かく数知らず、多くの年を過して、いまはの世まで長らへて、世にたぐひなき目をも見侍る、あさましく、



「いかなる月日出で来たるにか」とも、この折、知るべき人のあらばこそ、人も責め、阿弥陀仏ばかりこそは頼み参らするままに思へど、「いらへせさせ給はばこそは」と心のわびしきままに思ひわびて、律師の見え給ふに、愁へ聞こゆるに、「われもそのことを思ふなり。
「いかなる月日出で来たるにか」とも、この折、知るべき人のあらばこそ、人も責め、阿弥陀仏ばかりこそは頼み参らするままに思へど、「いらへせさせ給はばこそは」と心のわびしきままに思ひわびて、律師りしの見え給ふに、愁へ聞こゆるに、「われもそのことを思ふなり。

律師=成尋阿闍梨母のもう一人の子。
みづからのことし置いて、いま少し若きをと頼みし人の御心、かく世に似ざりける」とのみいらへ給ふ。



ただ、心一つにわびてのみぞ、この春さへ立ち返り給へる。



なほ心憂く。



立ち返り
なほ春になる
歎きをば
身をうぐひすの
同じ枝に鳴く
たちかへり
なほはるになる
なげきをば
みをうぐひすの
おなじえになく


取り寄せても見まほしう。



「これもこずゑにこそは」とのみ。