三月、つごもりになりて、二十七日、雨いとおどろおどろしう、天もかき暗したるに、「ただ今、船などにや阿闍梨はおはすらん」、思ふもやすからず歎かし。
三月、つごもりになりて、二十七日、雨いとおどろおどろしう、天もかき暗したるに、「ただ今、船などにや阿闍梨あざりはおはすらん」、思ふもやすからず歎かし。


仏をのみぞ念じ奉る。



人の来て、「周防の国におはしけり」と言へば、「さればこそ、船にてし歩き給ふにこそ」と、いとわびし。
人の来て、「周防の国におはしけり」と言へば、「さればこそ、船にてしありき給ふにこそ」と、いとわびし。


「いかなる身の宿世にて、おいとては、かばかりの人の、すずろなる歩きをし給ふらん」と、「あさましく」と返す返す思ゆるも、思ひわづらひては、ただ西に向ひてながむるに、小野の宮といふ所に、高き木の、枝も見えず、蔦といふもののまつはれたるを見るに、木なども安き空なき見るに、
「いかなる身の宿世にて、おいとては、かばかりの人の、すずろなるありきをし給ふらん」と、「あさましく」と返す返す思ゆるも、思ひわづらひては、ただ西に向ひてながむるに、小野の宮といふ所に、高き木の、枝も見えず、つたといふもののまつはれたるを見るに、木なども安き空なき見るに、


こずゑにも
安き空なき
身なりけり
つたなきことも
今は歎かじ
こずゑにも
やすきそらなき
みなりけり
つたなきことも
いまはなげかじ


心の乱れてあるに、人の文に、「阿闍梨は、筑紫へ唐人尋ねにおはすとて、船に乗り給ひにけり」とあるに、「さればこそ」と心地も変りてぞ。
心の乱れてあるに、人の文に、「阿闍梨は、筑紫へ唐人たうじん尋ねにおはすとて、船に乗り給ひにけり」とあるに、「さればこそ」と心地も変りてぞ。


「さりぬべくは四月ばかり来む」と言ひ置かれし、思えて、涙のみぞこぼれまさる。



うらめしく
漕ぎ離れぬる
うき舟を
のりの筏と
頼みけるかな
うらめしく
こぎはなれぬる
うきふねを
のりのいかだと
たのみけるかな


思ひやる
かたこそなけれ
あま小舟
のり捨てらるる
うらみする世に
おもひやる
かたこそなけれ
あまをぶね
のりすてらるる
うらみするよに


とのみ、うち独りごちて過ごす折りに、人の、「根芹」とて、持て来たるを見るに、
とのみ、うち独りごちて過ごす折りに、人の、「根芹ねせり」とて、持て来たるを見るに、


答へせば
入江の芹に
問ひてまし
昔の人は
いかが摘みしと
こたへせば
いりえのあしに
とひてまし
むかしのひとは
いかがつみしと