この方のふたがりたるほど、律師、四十五日の方違へに、三月十四日まかりたるに、つつじのいみじう咲きたるを、幼き者どもの取り寄せて、「これこれ」と持て来て見すれば、
このかたのふたがりたるほど、律師りし、四十五日の方違へに、三月十四日まかりたるに、つつじのいみじう咲きたるを、幼き者どもの取り寄せて、「これこれ」と持て来て見すれば、


拝まねど
花盛りなる
山寺に
つつじ見てきと
人に語らむ
おがまねど
はなさかりなる
やまてらに
つつじみてきと
ひとにかたらむ


など言ひて、慰めて過ぐすほどに、すき過ぎ月日、いとど積るしるしには、立ち居ることをだに、やすくせずなりにて侍める。
など言ひて、慰めて過ぐすほどに、すき過ぎ月日、いとど積るしるしには、立ち居ることをだに、やすくせずなりにてはべめる。


「いかなる人、惜しむほどの死にをすらむ」とのみうらやましく。



仁和寺より帰りてのち、三月二十日ばかり、雨降り暗して、いとつれづれなるを、
仁和寺にわじより帰りてのち、三月二十日ばかり、雨降り暗して、いとつれづれなるを、


思ふこと
なくて暮らしし
春の日は
雨のつれづれ
知られやはせじ
おもふこと
なくてくらしし
はるのひは
あめのつれづれ
しられやはせじ


思ふには、涙のみ曇りて、



我一人
憂き世の歎く
ことはりを
涙ならでは
知る人もなし
われひとり
うきよのなげく
ことはりを
なみだならでは
しるひともなし


昔、「ことはり知らぬ」と誰か言ひけむとぞ思ゆる。
昔、「ことはり知らぬ」とたれか言ひけむとぞ思ゆる。


なほ、空も見えず、曇りて暮れぬれば、



拝むとも
まつに入り日の
暮れぬめり
なほいとはしき
あめの下かな
おがむとも
まつにいりひの
くれぬめり
なほいとはしき
あめのしたかな


とぞ思ふに、暮れふたがりたる空、恐しげなるに、見やりて、



ながめつつ
身のうき雲の
かかる世に
長らへんとは
思はざりしを
ながめつつ
みのうきくもの
かかるよに
ながらへんとは
おもはざりしを


身のありさまの、若くより、ことにすがすがしからず、弱げなるものに、人も思ひ、われも思ひながら、めづらかにかかりける命にて、生きて侍る。



いと心憂く、



いかなれば
夢とぞ思ふ
心にも
身にもまかせぬ
命なるらむ
いかなれば
ゆめとぞおもふ
こころにも
みにもまかせぬ
いのちなるらむ


とのみ歎かるるに、からうじて空見えて、月見えたり。



西へ行く
月だに誘へ
人知れず
思ふ心は
そらに知るらむ
にしへゆく
つきだにさそへ
ひとしれず
おもふこころは
そらにしるらむ


なとぞ思ひつつ、臥しても、寝入ることもなく明けぬれば、例の西の方の空ながめやらる。



明けくれば
雲居の方へ
ながめやる
空目はいつか
絶えむとすらむ
あけくれば
くもゐのかたへ
ながめやる
そらめはいつか
たえむとすらむ


命絶え入らむ折りを待つに、「院の御ご悩」とて騒ぐを、近ければ聞くに、前より、「御祓への使」とて、しげく行きちがふに、思ゆる、
命絶え入らむ折りを待つに、「院の御ごなう」とて騒ぐを、近ければ聞くに、前より、「御祓への使つかひ」とて、しげく行きちがふに、思ゆる、

院=後三条天皇
奉る
ものならませば
かくばかり
長き命を
身にて見ましや
たてまつる
ものならませば
かくばかり
ながきいのちを
みにてみましや


口惜しき
身にも替ふべき
ものならば
今まで世をは
聞きて経ましや
くちをしき
みにも替ふべき
ものならば
いままでよをは
ききてへましや


なとぞ思ゆる。



よろづにつけて忘られず。



歎きつつ過ぎ行く。



四月一日、律師の御房、「院の御修法に、夜べよりある」とて、近くおはするにも、まづ思ひ出でられてぞ思え給ふる。
四月一日、律師りしの御房、「院の御修法に、夜べよりある」とて、近くおはするにも、まづ思ひ出でられてぞ思え給ふる。

律師の御房=成尋阿闍梨母のもう一人の子。
人の、「験ある人少なき」など言ふに、「この世界に余りたる御心など、おはしけるにか」と、いかにもさることと思えてぞ。
人の、「しるしある人少なき」など言ふに、「この世界に余りたる御心など、おはしけるにか」と、いかにもさることと思えてぞ。


稚児どもの、藤の花をもてあそぶに、「いまは卯の花も咲きぬらむ」と思ふにも、耳とどめられて



山賤の
垣根の上と
聞きしかど
世をうの花は
今ぞ咲きける
やまがつの
かきねのうへと
ききしかど
よをうのはなは
いまぞさきける


と思ふほどに、人々の、「この月は神のことすかし」と言ふに、思ふ



ことづけむ
人もなけれは
み山なる
葉守の神を
思ひこそやれ
ことづけむ
ひともなけれは
みやまなる
はもりのかみを
おもひこそやれ


「賀茂の祭、斎院も、院まだかはり給はで、いかが」など、よしなしこと言ふも、耳にとどめられて



そむきにし
わが身なれとも
神代よと
あふひといふぞ
耳とどめつる
そむきにし
わがみなれとも
かみよよと
あふひといふぞ
みみとどめつる


など思ふほどに、五月も近くなりて、五日、菖蒲のこと、幼き者、心地よげに言ふもあはれに、思ふことなき気色なり。



そこにとも
知らぬこひぢの
菖蒲草
いつかあふちの
花をこそ待て
そこにとも
しらぬこひぢの
あやめくさ
いつかあふちの
はなをこそまて


と思ふにも、「憂き身かな」と空を見やれば、曇りふたがりて、日もなし。



雲間なき
空をながむる
五月雨
の袖の雫
も雨に劣らぬ
くもまなき
そらをながむる
さみだれの
そでのしずくも
あめにおとらぬ


など思ひつつ過ぎ行くにも、なほうち返しつつ、身のありさまを思ふも、昔より思はずなる身なりけり。



あやしく、頼みし人も、さるべきほどに失せ、母も十余にて、いとよくおはしぬべかりし、とく失せ給ひて、この君だちの幼きを頼む人にて、待ちつつ多くの年を過ぎて、朝夕いとひし、命長きあまりに、世にたぐひなきことも見るにこそと、いと心憂く、同じことをうち返し、うち返し、歎き侍る。
あやしく、頼みし人も、さるべきほどに失せ、母も十余にて、いとよくおはしぬべかりし、とく失せ給ひて、この君だちの幼きを頼む人にて、待ちつつ多くの年を過ぎて、朝夕いとひし、命長きあまりに、世にたぐひなきことも見るにこそと、いと心憂く、同じことをうち返し、うち返し、歎き侍る。