二年ばかりありて、のどやかに物語しつつ、
二年ふたとせばかりありて、のどやかに物語しつつ、


といふ所に、文殊のおはしましける跡の、ゆかしく拝ままほしく侍るを、年ごろ宿曜宿曜、同じくは、死なぬ先に思ふことせまほしきを、唐に五臺山といふ所に、文殊の御跡をだに拝みて、もし、生きたらば帰り詣で来む。
といふ所に、文殊のおはしましける跡の、ゆかしく拝ままほしく侍るを、年ごろ宿曜すくえうに言ひたることの、必ずかなふを、『六十一、慎しむべし』と言ひたるを、若く侍りしより、思ひしことは、『のどかに行ひして、人騒がしからざらん所にあらむ』と思ひしを、いままでかくて侍りつるを、年老い入り、同じくは、死なぬ先に思ふことせまほしきを、唐に五臺山といふ所に、文殊の御跡をだに拝みて、もし、生きたらば帰りで来む。


失せなば、必ず極楽をあひ見、拝み奉るべきことを思はむ」とのたまふに、



「さは、まことに思ひ立ち給ふことにこそ」と聞くに、ものも言はれず、あさましう胸ふたがりて、いらへもせられねば、帰り給ひぬ。



げに思ゆること、「その三年過ぐるまで、生きてかの唐の出で立ち見じ。



今日・明日までも死なむ」など、思ひなぐさめて、年ごろ過ぐし侍りつるを、



三年過ぎて、この唐渡りのこと、まことになるほどに、仏の御具ども、幡や何やと、人々して急がせ給ふ。
三年過ぎて、この唐渡りのこと、まことになるほどに、仏の御具ども、はたや何やと、人々して急がせ給ふ。


夢の心地して、「こはいかに」と思ゆるほどにおはしたり。



「申ししやうに、唐に渡りて、久しき定三年、さらずは、それより近くも詣で来なむ。
「申ししやうに、唐に渡りて、久しき定三年、さらずは、それより近くもで来なむ。


生き給ひたらば、見もし、失せ給ひなば、極楽に必ずあひ見むとせむ」とのたまふに、



のちの仏にならんも、極楽の心にかけたるも忘られて、胸せくやうに思え、涙もとどまらず、むせ返るに、ものも言はねば、立ち給ひぬ。