その朝、文おこせ給へる。
そのあしたふみおこせ給へる。


つらけれど、急ぎ見れば、
つらけれど、急ぎ見れば、


「夜のほど、何事か。昨日の御文見て、夜もすがら、涙も止まらず侍りつる」とあり。
のほど、何事か。昨日の御文見て、夜もすがら、涙も止まらず侍りつる」とあり。


見るに、文字もたしかに見えず、涙のひまもなく過ぎて見ず。



からうじて、起き上がりて見れば、仁和寺の前に、梅の、木にこぼるばかり咲きたり。
からうじて、起き上がりて見れば、仁和寺にわじの前に、梅の、木にこぼるばかり咲きたり。


居る所など、みな、し置かれたり。



心もなきやうにて、何方西なども思えず。
心もなきやうにて、何方いづかた西なども思えず。


目も霧渡り、夢の心地して、暗らしたる、またの朝、京より人来て、「今宵の夜中ばかり、出で給ひぬ」と言ふ。



起き上がられで、言はむ方なく悲し。



またの朝に文あり。



目も見開けられねど、見れば、「『参らむ』と思ひ侍れど、夜中ばかりに詣で来つれば、返す返す静心なく」とあり。
目も見開けられねど、見れば、「『参らむ』と思ひ侍れど、夜中ばかりにで来つれば、返す返す静心しづごころなく」とあり。


なるに、送りの人々、集まりて慰むるに、ゆゆしう思ゆ。



やがて、「八幡と申す所まで、船に乗り給ひぬ」と聞くにも、おぼつかなさ、言ふ方なき。
やがて、「八幡やはたと申す所まで、船に乗り給ひぬ」と聞くにも、おぼつかなさ、言ふ方なき。


船出する
淀の御神も
浅からぬ
心をくみて
守りやらなむ
ふなでする
よどのみかみも
あさからぬ
こころをくみて
まもりやらなむ


と、泣く泣く思ゆる。



「あさましう、『見じ』と思ひ給ひける心かな。



あさましう」と、心憂きことのみ思ひ過ぐししかば、また、「この人の、まことに『せむ』と思ひ給はんこと、たがへじ」など、思ひしことの、あまりに従ひて、かかることも、いみじけに泣き妨げずなりにし、この日ごろの過ぐるままに悔しく、「手をひかへても、居てぞあるべかりける」と悔しく、涙のみ目に満ちて、ものも見えねば、



しひて行く
船路を惜しむ
別れ路に
涙もえこそ
留めざりけれ
しひてゆく
ふねぢををしむ
わかれぢに
なみだもえこそ
とどめざりけれ