昔、徳言といふ人、陳氏と聞こゆる女に相具したりけり。



形、いとをかしげにて、心ばへなど思ふさまなりければ、互ひに浅からず思ひかはしつつ年月を経るに、思のほかに世の中乱れて、ありとある人、高きも賤しきも、さながら山林に隠れまどひぬ。
形、いとをかしげにて、心ばへなど思ふさまなりければ、互ひに浅からず思ひかはしつつ年月を経るに、思のほかに世の中乱れて、ありとある人、高きも賤しきも、さながら山林はやしに隠れまどひぬ。


さりがたき親兄弟も四方に立ち別れて、おのが様々逃げさまよへる中に、この人、別れを惜しむ心誰にも優れたりければ、人知れずもろともあひ契りけり。
さりがたき親兄弟おやはらから四方よもに立ち別れて、おのが様々逃げさまよへる中に、この人、別れを惜しむ心誰にも優れたりければ、人知れずもろともあひ契りけり。


「我も人も、いづ方となく失せなん後、おのづから世の中静まりて、またもあひ見る事ありなんものを、そのほどの有様をば、いかでか互ひに知るべき」と聞こえさするに、女の年ごろ持ちたりける鏡を中より切りて、おのおのその片々を取りて、月の十五日ごとに市に出だして、この鏡の半ばを尋ねさするものならば、必ずあひ見て、互ひにその有様を知るべし」と言ひつつ、いといたううち泣きて別れ去りぬ。
「我も人も、いづ方となく失せなん後、おのづから世の中静まりて、またもあひ見る事ありなんものを、そのほどの有様をば、いかでか互ひに知るべき」と聞こえさするに、女の年ごろ持ちたりける鏡を中より切りて、おのおのその片々かたかたを取りて、月の十五日ごとにいちに出だして、この鏡の半ばを尋ねさするものならば、必ずあひ見て、互ひにその有様を知るべし」と言ひつつ、いといたううち泣きて別れ去りぬ。


その後、この夫、恋しさわりなく思えて、いたづらに月日を過ぐるままに、「いかなる人に心を移して契りしことを忘れぬらん」と胸の苦しさ抑へ難くぞ思えける。



ます鏡
割れて契りし
そのかみの
影はいづちか
うつりはてにし
ますかがみ
われてちぎりし
そのかみの
かげはいづちか
うつりはてにし


かやうに思ひやりけるにしも、色・形のなまめかしく、花やかなるにやめで給ひけん、時の親王にておはしける人に限りなく思ひかしづかれて、年月を経るに、ありしには似るべくもなき有様なれど、この鏡の片々を市に出だしつつ、昔の契りをのみ心にかけて、世の常はしたもえにてのみ過しけるに、鏡の割れ持ちたる人とて尋ねあひて、男女の有様、互ひにおぼつかなからず知りかはしつ。
かやうに思ひやりけるにしも、色・形のなまめかしく、花やかなるにやめで給ひけん、時の親王にておはしける人に限りなく思ひかしづかれて、年月を経るに、ありしには似るべくもなき有様なれど、この鏡の片々を市に出だしつつ、昔の契りをのみ心にかけて、世の常はしたもえにてのみ過しけるに、鏡の割れ持ちたる人とて尋ねあひて、男女をとこをんなの有様、互ひにおぼつかなからず知りかはしつ。


女、これを聞きけるより、思えず悩ましき心地うち添ひて、うつし心ならぬ気色を見咎めて、親王、怪しみ問ひ給ふを、さすがに覚えて、しばしは言ひ紛らはしけれど、しひてのたまはすれば、侘しながらありのままに聞こえさせ給ふ。
女、これを聞きけるより、思えず悩ましき心地うち添ひて、うつし心ならぬ気色を見咎みとがめて、親王、怪しみ問ひ給ふを、さすがに覚えて、しばしは言ひ紛らはしけれど、しひてのたまはすれば、侘しながらありのままに聞こえさせ給ふ。


親王、これを聞き給ふに、御袖も絞りあへず、あはれにいみじく思されけるにや、よそおひいかめしきさまにて出だしたてて、昔の男のもとへ送り遣はしたるに、徳言、限りなく嬉しきにつけても、まづ涙ぞ先立ちける。



契りおきし
心にくまや
なかりけむ
ふたたび澄みぬ
中川の水
ちぎりおきし
こころにくまや
なかりけむ
ふたたびすみぬ
なかかはのみづ


賤しからぬ有様を振り捨てて、昔の契りを忘れざりけん人よりも、親王の御情けは、なほたくひあらじや。