昔、尭と申す御門おはしましけり。


尭=諸本多く「尭」だが、清水浜臣本の「舜」が正しい
御政より始めて、よろづめでたき御世の例には、まづこの御事をのみこそ申すめれ。
御政まつりごとより始めて、よろづめでたき御世のためしには、まづこの御事をのみこそ申すめれ。


娥皇・女英と聞こえ給ふ、二人の后さぶらひ給ひけり。



御心ざし、いづれも勝り給へりと、けぢめ見えず。



ただ、花か紅葉などの様に、浅からぬ御事にてなん侍りける。


「花か紅葉」は尊経閣文庫本「紅葉」。清水浜臣本等「紅紫」
かくて多くの年月をなむ保たせ給ひけれど、この世は限りある所なれば、御門、湘浦といふ所にて、はかなくならせ給ひぬ。



その後、二人の后、紅の涙を流し給ひて、古きを思せりければ、籬の呉竹も御涙に染まりて、まだらになりにけり。
その後、二人のきさきくれなゐの涙を流し給ひて、古きを思せりければ、まがきの呉竹も御涙に染まりて、まだらになりにけり。


君恋ふる
心の色の
深きには
竹も涙に
染むとこそ聞け
きみこふる
こころのいろの
ふかきには
たけもなみだに
そむとこそきけ


昔の人の思ひそめつる事、浅からぬにや。