年若かりけるとき、女御にいつきかしづかれて、内裏に参りけるに、親しき疎き、「楊貴妃・李夫人の例にも勝りなん」と思へりけるを、あまたの御方々、めざましきことになむ思しける。
年若かりけるとき、女御にいつきかしづかれて、内裏 に参りけるに、親しき疎き、「楊貴妃・李夫人の例 にも勝りなん」と思へりけるを、あまたの御方々、めざましきことになむ思しける。
親しき疎き=底本「したきうとき」。諸本により訂正
この御憤りにや、様々の無きことに沈みて、陵園といふ深き山宮に閉ぢ込められて、あくるめもなき物思ひにやつれつつ、眉目形もありしにもあらずなりにけり。
この御憤 りにや、様々の無きことに沈みて、陵園といふ深き山宮に閉ぢ込められて、あくるめもなき物思ひにやつれつつ、眉目形 もありしにもあらずなりにけり。
かくしつつ、やうやう春にもなりゆけば、四方の山辺に霞たなびき、野辺の早蕨朝の雨に萌えて、心地よげなるも、我身のためは羨しく思えて、花の匂ひ薫り渡るにも、独り寝の床の上、心とどめきせられつつ、あはれを添へたる朧月夜のみ差し入れども、問ふに音無き影ばかりほのかにて、明かし暮らすに、春過ぎ夏たけて、暮れにし秋も廻り来にけり。
かくしつつ、やうやう春にもなりゆけば、四方 の山辺に霞 たなびき、野辺の早蕨 朝 の雨に萌えて、心地よげなるも、我身のためは羨 しく思えて、花の匂ひ薫り渡るにも、独り寝の床の上、心とどめきせられつつ、あはれを添へたる朧月夜のみ差し入れども、問ふに音無き影ばかりほのかにて、明かし暮らすに、春過ぎ夏たけて、暮れにし秋も廻り来にけり。