昔、漢の武帝、李夫人はかなくなりて後、思ひ歎かせ給ふこと、年月経れどもさらにおこたり給はず。
そのかみ、病をせし時、行幸し給ひしかども、いかにも見え奉らざりけり。
そのかみ、病をせし時、行幸し給ひしかども、いかにも見え奉らざりけり。
御門、「あやし」と思して、このよしを問はせ給ふに、「わが君に慣れつかうまつりしほど、つゆちり気色に違ひ奉らざりき。また、御心ざし浅からねば、恨みを残すこともなし。しかれとも病に沈み、形変はりて後、身を背く罪あるべけれども、また、思ふ所なきにあらず。紫の草のゆかりまで恵み給ひ、哀れみをかうぶる事は、ただ君の御心ざしの改まらざるほど也。しかるを、今の形、昔の御心変りなば、はかなきあとにも愁への涙色まさることを思ふに、衰へ姿、いと見え奉り申し」と聞こえさす。
御門、「あやし」と思して、このよしを問はせ給ふに、「わが君に慣れつかうまつりしほど、つゆちり気色に違ひ奉らざりき。また、御心ざし浅からねば、恨みを残すこともなし。しかれとも病に沈み、形変はりて後、身を背く罪あるべけれども、また、思ふ所なきにあらず。紫の草のゆかりまで恵み給ひ、哀れみをかうぶる事は、ただ君の御心ざしの改まらざるほど也。しかるを、今の形、昔の御心変りなば、はかなきあとにも愁への涙色まさることを思ふに、衰へ姿、いと見え奉り申し」と聞こえさす。
たとひ、夜半の煙と立ち昇るとも、いかでかそのゆかりを懐しと思はざらむ。
たとひ、夜半の煙と立ち昇るとも、いかでかそのゆかりを懐しと思はざらむ。
ただこの世にて、今一度会ひ見んことを、強ひてのたまはすれども、遂に聞かではかなくなりにければ、御門、御心に恨み深し。
ただこの世にて、今一度会ひ見んことを、強ひてのたまはすれども、遂に聞かではかなくなりにければ、御門、御心に恨み深し。
甘泉殿の内に、昔の形を写して、朝夕に見給ひけれど、物言ひ、笑むことなければ、いたづらに御心のみ疲れにけり。
絵に描ける
姿ばかりの
悲しきは
問へど答へぬ
歎きなりけり
えにかける
すがたばかりの
かなしきは
とへどこたへぬ
なげきなりけり
また、亡き人の魂返す香を焚きて、夜もすがら待たせ給ふに、九重錦の帳の内、かすかにて、夜の灯火の影ほのかなる、やうやく小夜更けゆくほど、嵐すさまじく、夜静かなるに、「反魂香の験あるにや」と思え給ひけれど、李夫人の形、有るにもあらず、無きにもあらず、夢幻のごとくまがひて、束の間に消え失せぬ。
また、亡き人の魂返す香を焚きて、夜もすがら待たせ給ふに、九重錦の帳の内、かすかにて、夜の灯火の影ほのかなる、やうやく小夜更けゆくほど、嵐すさまじく、夜静かなるに、「反魂香の験あるにや」と思え給ひけれど、李夫人の形、有るにもあらず、無きにもあらず、夢幻のごとくまがひて、束の間に消え失せぬ。
待つこと久しけれど、返ることはうばたまの髪筋切るほどばかりなり。
待つこと久しけれど、返ることはうばたまの髪筋切るほどばかりなり。
灯火をそむけて、帳を隔てて物言ひ答ふることなければ、なかなか御心をくだくつまとぞなりにける。