昔、漢の高祖と申す御門おはしけり。



呂后と聞こえ給ふ后、東宮恵太子の母にて、誰よりも御心ざし重く見えさせ給ひけり。
呂后と聞こえ給ふ后、東宮恵太子けいたいしの母にて、誰よりも御心ざし重く見えさせ給ひけり。


異腹の親王に、趙の隠王と申す人を、御心ざしのあまりにや、御門、東宮に立てんと思しける御気色を、呂后見給ひて、あさましう心憂きことに思して、陳平・張良と聞こゆる二人の臣下を召し寄せて、「かかるいみじきことなんある。いかにしてかこの恨みをやすむべき」とのたまひあはするを、「げに」とや思ひけん、「かなはざらんまでも、はからひ侍るべし」と答えて返りぬ。
異腹ほかばらの親王に、趙の隠王と申す人を、御心ざしのあまりにや、御門、東宮に立てんと思しける御気色を、呂后見給ひて、あさましう心憂きことに思して、陳平・張良と聞こゆる二人の臣下を召し寄せて、「かかるいみじきことなんある。いかにしてかこの恨みをやすむべき」とのたまひあはするを、「げに」とや思ひけん、「かなはざらんまでも、はからひ侍るべし」と答えて返りぬ。


また、この後二人の人も、世の中の乱れなんずることを歎きて、おのおの謀りごとをめぐらしけり。



「商山といふ山に、世を遁れ、御門の召するにも参らで、籠り居たる賢人四人あり。それをこしらへ出だして、この恵太子に付け奉りたらば、さりとも恥づる心おはしなん物を」と思ひよりて、この山のなかに尋ね行きにけり。



四人の人、うち見つつ驚きていはく、「何事にいとかくあやしげなる住処には渡り給へるにか」と聞こえさする。
四人の人、うち見つつ驚きていはく、「何事にいとかくあやしげなる住処すみかには渡り給へるにか」と聞こえさする。


「世の中乱れんとつかまつれば、我らが身までも歎き深くて、この山に隠れ居むと思ふ心侍り。しかれども、世の中の亡び治まらざらむことは、ただその御心なり」と言へるに、この人うち笑ひて、「君も、我に所置き恥ぢ給はんこと、いとありがたかるべけれど、むなしう返し奉らんもむげに情けなき様なれば、後のことをかへりみず、今日ばかりは御送りに参るべし」と言へりければ、限りなく嬉しく思えて、四人の人を具しつつ、東宮の御もとへ参りぬ。


聞こえさする=諸本「聞こえさするに」
たちまちに、学士といふ官になりて、ふるまひ給ふべき有様など、細やかに教へ奉るに、頼もしく思さるること限りなし。
たちまちに、学士といふつかさになりて、ふるまひ給ふべき有様など、細やかに教へ奉るに、頼もしく思さるること限りなし。


かくて、年立ちかへる朝、東宮、内に参り給へる御供に、この人ども四人、いとやうやうしくふるまひ、気高きさまにて御供に侍りけるを、御門より始め、つかうまつる人どもも、おのおのあやしげに思へり。
かくて、年立ちかへるあした、東宮、内に参り給へる御供おんともに、この人ども四人、いとやうやうしくふるまひ、気高きさまにて御供に侍りけるを、御門より始め、つかうまつる人どもも、おのおのあやしげに思へり。


御門、「これは誰にか」と尋ね問はせ給へる。



御供に候ける人、申ていはく、「日ごろめしつる商山の四皓に侍る」と聞こえさせ給ひけるに、御心も臆せられて、あさましくぞ思されける。



これによりて、御門、四皓にのたまはく、「我、昔より汝に国の政を任せんと思へりしかども、あへて聞かざりき。しかるを、若くいとけなき東宮に従へる心知りがたし」。
これによりて、御門、四皓にのたまはく、「我、昔より汝に国のまつりごとを任せんと思へりしかども、あへて聞かざりき。しかるを、若くいとけなき東宮に従へる心知りがたし」。

御門=底本「春宮」
東宮=底本「春宮」
四皓、申していはく、「君は御心かしこくて、世中を平らげ、国を治め給へども、人を侮り、かしこきをも軽め給ふ誤ちおはします。東宮は若くおはすれども、御心をきて情け深く礼儀を正しくし給ふと聞こえ侍るによりて、参りつかうまつれり」と聞こえさせければ、「東宮は我よりも心かしこきにや」と思して、このことを思ひ止まらせ給ひにけり。
四皓、申していはく、「君は御心かしこくて、世中を平らげ、国を治め給へども、人をあなづり、かしこきをもかろめ給ふ誤ちおはします。東宮は若くおはすれども、御心をきて情け深く礼儀を正しくし給ふと聞こえ侍るによりて、参りつかうまつれり」と聞こえさせければ、「東宮は我よりも心かしこきにや」と思して、このことを思ひ止まらせ給ひにけり。

東宮=底本「春宮」
礼儀=底本「礼義」
かかれば、呂后・陳平・張良より始めて、世にある人々、さながら心安くなりにけり。



この趙隠王の母に、戚夫人と聞こゆる人は、御門を恨み妬み奉り給ひけるを、呂后いやましく心憂きことにぞ思しける。
この趙隠王の母に、戚夫人と聞こゆる人は、御門を恨みそねみ奉り給ひけるを、呂后いやましく心憂きことにぞ思しける。


かかるほどに、御門はかなくなり給ひにけれは東宮、位につきて、よろづ御心に任せたりけれども、呂后、年ごろの御憤りにや、いつしか戚夫人を捕へて、髪を剃り、形をやつして、あさましく心憂き様になし給ひつるを、御門、「かからで侍りなむ。このこと、定めて先帝の御心に背くらん」など、様々に諫め奉り給へども、いかにもかなはざりければ、心苦しくおはしつつ過し給ふに、この趙隠王さへ失なはんとし給ひければ、御門と夜も御傍に放たず起き臥し給ひけり。
かかるほどに、御門はかなくなり給ひにけれは東宮、くらゐにつきて、よろづ御心に任せたりけれども、呂后、年ごろの御憤りにや、いつしか戚夫人を捕へて、髪を剃り、形をやつして、あさましく心憂きさまになし給ひつるを、御門、「かからで侍りなむ。このこと、定めて先帝の御心に背くらん」など、様々にいさめ奉り給へども、いかにもかなはざりければ、心苦しくおはしつつすぐし給ふに、この趙隠王さへ失なはんとし給ひければ、御門と夜も御傍かたはらに放たず起き臥し給ひけり。

東宮=底本「春宮」
御門と=「と」は衍字か
后、隙なきことをやすからず思して、毒いれたる酒をこの人に勧め給ひけり。
きさきひまなきことをやすからず思して、毒いれたる酒をこの人に勧め給ひけり。


帝、心得て、「まづ我」とのたまひければ、慌てて取り返しつ。



かやうに人知れずねんごろにし給ひけれど、いかなる隙かありけん、たぐひなく力強き女房二三人ばかりを遣はして、御門の御傍に臥し給へる人を、情けなく把み殺してけり。
かやうに人知れずねんごろにし給ひけれど、いかなる隙かありけん、たぐひなく力強き女房二三人ばかりを遣はして、御門の御傍かたはらに臥し給へる人を、情けなくつかみ殺してけり。

御門=底本「帝」
上、あさましくは思しながら、いふかひなくて止みにけり。



さて、この戚夫人、月隈なかりける夜、心憂く悲しきにつけても、昔の有様や思ひ出でられけん、そのよしの詩を、何となく口ずさみたりけり。
さて、この戚夫人、月隈なかりける夜、心憂く悲しきにつけても、昔の有様ありさまや思ひ出でられけん、そのよしの詩を、何となく口ずさみたりけり。


耳癖ありける者、これを聞き咎めて、「かかることなん侍り」と呂后に申したりけるに、今ひとしほの憎さ勝りて、足・手を切りつつ、その骸には漆を塗りて、世に穢らはしく汚なき溝にひたして、置かれたる有様のその物とも見えず、哀れに悲しげなり。
耳癖みみくせありける者、これを聞き咎めて、「かかることなん侍り」と呂后に申したりけるに、今ひとしほの憎さ勝りて、足・手を切りつつ、そのむくろには漆を塗りて、世に穢らはしく汚なき溝にひたして、置かれたる有様のその物とも見えず、哀れに悲しげなり。


その後、こはき物怪になりて、ほどなく呂后をとり殺し奉りけり。
その後、こはき物怪もののけになりて、ほどなく呂后をとり殺し奉りけり。


これより先に商山四皓は、御門の御有様を心安く見なし奉りて後、暇を申して、もとの住処に帰りぬるを、世の人、喩へをとりて讃めていはく、「世の中の日照りにあひて、草木も枯れ、土さへ裂けて、人の命も絶えぬべきに、一度雨降りつつ四方の木末を潤し、門田の稲葉も露しげく結びぬる後、八重の雨雲山に帰り居るなるべし」となむ言ひけるこそ、まことにさもと思ゆれ。
これより先に商山四皓は、御門の御有様を心安く見なし奉りて後、いとまを申して、もとの住処すみかに帰りぬるを、世の人、喩へをとりて讃めていはく、「世の中の日照りにあひて、草木も枯れ、土さへ裂けて、人の命も絶えぬべきに、一度ひとたび雨降りつつ四方よも木末こずゑを潤し、門田かどたの稲葉も露しげく結びぬる後、八重やへの雨雲山に帰り居るなるべし」となむ言ひけるこそ、まことにさもと思ゆれ。

end=>底本、ここで改行
また、周文王と申ける御門の御時、公望と聞こゆる賢人、御門に召し出だされて後、官位身に余れるに喜びて、帰る思ひなかりけり。
また、周文王と申ける御門の御時、公望と聞こゆる賢人、御門に召し出だされて後、官位つかさくらゐ身に余れるに喜びて、帰る思ひなかりけり。

公望=呂尚・太公望。底本、「コウハウ」と傍書。
尭と申す御門、許由に位を譲らんとて、三度まて召しけるを、「汚なきことを聞きつ」と言ひて、穎水といふ川に耳を洗ひけるも、「いかなることにか」と、をかしきやうに聞こゆ。
尭と申す御門、許由に位を譲らんとて、三度みたびまて召しけるを、「汚なきことを聞きつ」と言ひて、穎水といふ川に耳を洗ひけるも、「いかなることにか」と、をかしきやうに聞こゆ。

end=>底本、ここで改行
また、巣父といふ人、牛を追ひてこの河を渡らんとするに、「汚なきこと聞きて耳洗ひたる流れにしも、穢るべきかは」とて、遥かによけて通りけんもをこがましくこそ覚ゆれ。



また、水汲むひさごを一つ、竹の網戸にうち懸けたりけんが、風の吹くたびに戸に当りつつ鳴りけるをさへ、「うるさし」と言ひて、たちまちに割り捨ててけり。


うるさし=底本「うるはし」。諸本により訂正
これらを聞くにも、げにとも思えぬに、この商山四皓は情けあり、人を助くる心も深くて、誰よりも好もしき様にこそ思ゆれ。



いさぎよく
耳を洗ひし
川水を
けがらはしとは
誰か言ひけん
いさぎよく
みみをあらひし
かはみづを
けがらはしとは
たれかいひけん