世に貧しくわりなくて、せんかたなかりけれど、文を読み、物を習ふこと怠らず、そのひまには薪をこりて、世を渡るはかりごとをしけり。
世に貧しくわりなくて、せんかたなかりけれど、文 を読み、物を習ふこと怠らず、そのひまには薪をこりて、世を渡るはかりごとをしけり。
かくて年月を経るに、あひ具したりける女、限りなく貧しき住居を堪へ難くや思ひけん、「我も人もあらぬさまになりて、世を試みん」など、細やかにうち語らひければ、「かくてしもやあり果つべき。今年ばかり心強くあひ念ぜよ」と、よろづこしらへけれど、つひに聞かで、その年のうちに離れにけり。
」と=底本「と」なし
かかれども、なほありし妻のことを心にかけて、一国のうちを尋ね求めさすれど、似たる人なくて明かし暮らす。
かかれども、なほありし妻のことを心にかけて、一国 のうちを尋ね求めさすれど、似たる人なくて明かし暮らす。
園に出でて狩りし遊びけるとき、こともなのめならず、あやしく侘しげなる賤の女が、筐といふ物を肘にかけて、菜を摘みてゐざり歩くを、「ゆゆしげなる者の姿かな」と見るほどに、我が昔のともに見なしてけり。
菜を摘みて=底本「猶つみて」。尊経閣文庫本「なをつみて」。底本に従えば「なほ積みて」となるが、菜摘みに男女の出会いの意味があるため、「菜を摘みて」と解する。
なほ、「僻目にや」と目をとめて見けるに、いかにも違ふ所なかりければ、人知れず悲しく思えて、暮るるや遅きと呼び取りてけり。
なほ、「僻目 にや」と目をとめて見けるに、いかにも違ふ所なかりければ、人知れず悲しく思えて、暮るるや遅きと呼び取りてけり。