昔、漢の元帝と申す御門おはしましけり。



三千人の女御・后の中に王昭君と聞こゆる人なん、華やかなることは誰にも優れ給へりけるを、「この人、御門に間近かくむつれつかうまつらば、我らさだめて物の数ならじ」と、あまたの御心にいやましく思しけり。



この時に夷の王なりけるもの参りて申さく、「三千人までさぶらひあひ給へる女御・后、いづれにても一人給はらん」と申すに、上、みづから御覧じ尽さんことも煩ひありければ、その形を絵に描きて見給ふに、人の教へにやありけん、この王昭君の形をなん、みにくき様になむ写したりければ、夷の王給ひて、喜びひらけつつ、我が国へ具して帰るに、故郷を恋ふる涙は道の露にも勝り、慣れし人々に立ち別れぬる歎きは繁き深山の行末遥かなり。
この時にえびすの王なりけるもの参りて申さく、「三千人までさぶらひあひ給へる女御・后、いづれにても一人給はらん」と申すに、上、みづから御覧じ尽さんことも煩ひありければ、その形を絵に描きて見給ふに、人の教へにやありけん、この王昭君の形をなん、みにくきさまになむ写したりければ、夷の王給ひて、喜びひらけつつ、我が国へ具して帰るに、故郷ふるさとを恋ふる涙は道の露にも勝り、慣れし人々に立ち別れぬる歎きは繁き深山みやまの行末遥かなり。


かかるままに、ただ音をのみ泣けども、何のかひかはあるべき。
かかるままに、ただをのみ泣けども、何のかひかはあるべき。


憂き世ぞと
かつは知る知る
はかなくも
鏡の影を
頼みけるかな
うきよぞと
かつはしるしる
はかなくも
かがみのかげを
たのみけるかな


あはれを知らず、情け深からぬ武士なれども、らうたき姿にめでて、かしづきうやまふこと、その国のいとなみにも過ぎたり。
あはれを知らず、情け深からぬ武士もののふなれども、らうたき姿にめでて、かしづきうやまふこと、その国のいとなみにも過ぎたり。


かかれども、ふりにし京を立ち別れにしより、今に至るまで、愁への涙、乾く間もなし。
かかれども、ふりにしみやこを立ち別れにしより、今に至るまで、愁への涙、乾く間もなし。


この人は、鏡の影の曇りなきをのみ頼みて、人の心の濁れるを知らず。