唐物語 - 第27話 京に人の娘ありけり・・・(雪々)
「我、もしこの道に入るべきならば、家を出で衣を染めて、世にもあらじ」など、まめやかに憂きことに言へりければ、親しき縁までも、限りなく恨み歎きけり。
「我、もしこの道に入るべきならば、家を出で衣 を染めて、世にもあらじ」など、まめやかに憂きことに言へりければ、親しき縁 までも、限りなく恨み歎きけり。
この乳母子も、いとをかしげにて、さても世にありぬべき身のほどをもかへりみず、同じ心にて鳥の声もせぬ深き山に居て、おのおの草の庵を引き結びつつ、住み渡りけるに、この女の父母、二つなき心ざしばかりをしるべにて、山・林を分けつつ尋ね来にけり。
この乳母子も、いとをかしげにて、さても世にありぬべき身のほどをもかへりみず、同じ心にて鳥の声もせぬ深き山に居て、おのおの草の庵 を引き結びつつ、住み渡りけるに、この女の父母、二つなき心ざしばかりをしるべにて、山・林を分けつつ尋ね来にけり。
誰も子を思ふ道は惑はぬ人なければ、さるべき物など営みやりけるを、「うるさし」とや思ひけん、「また住処を改めて、他へ逃げ失せん」など言ひければ、ただ二人の心に任せて、その後音もせざりけり。
誰も子を思ふ道は惑はぬ人なければ、さるべき物など営みやりけるを、「うるさし」とや思ひけん、「また住処 を改めて、他へ逃げ失せん」など言ひければ、ただ二人の心に任せて、その後音もせざりけり。
かくて、深き山の中に心を澄まして明かし暮すに、まだらなる犬の美しげなる、いづこよりとも見えで、この乳母子の家の前に居たりけるを、物など食はせて、撫で興じけるに従ひて、この犬、ことのほかに懐きにけり。
撫で=底本「なく」。諸本により訂正。
つれづれなるままに、懐になどうち臥せて、愛しもてあそびつつ明かし暮しけるに、いとむつかしく心乱れて、あらぬすぢにのみ物の思えければ、この犬にうちとけにけり。
つれづれなるままに、懐 になどうち臥せて、愛しもてあそびつつ明かし暮しけるに、いとむつかしく心乱れて、あらぬすぢにのみ物の思えければ、この犬にうちとけにけり。
かくて主の居どころに行きて、来し方行く末のことなむ、うち語らひて居たりけるに、夏の衣曇りなく透きたるより、乳母子の肩に犬の足跡あまた付きたりけるを、この人見つけてけり。
かくて主 の居どころに行きて、来し方行く末のことなむ、うち語らひて居たりけるに、夏の衣 曇りなく透きたるより、乳母子の肩に犬の足跡あまた付きたりけるを、この人見つけてけり。