世にたぐひなきほどに貧しくて、わりなかりけれど、よろづの事を知り、才学並びなうして、琴をぞめでたく弾きける。
世にたぐひなきほどに貧しくて、わりなかりけれど、よろづの事を知り、才学並びなうして、琴をぞめでたく弾きける。
卓王孫といふ人のもとに行きて、月の明かき夜、夜もすから琴を調べて居たるに、この家主の娘に、卓文君と聞こゆる人、あはれにいみじく思えて、常はこれをのみ賞で興じけるを、この文君が父母、相如に近づくことを厭ひ憎みけれど、琴の音をやあはれと思ひ染みにけん、この男に会ひにけり。
卓王孫といふ人のもとに行きて、月の明かき夜、夜もすから琴を調べて居たるに、この家主の娘に、卓文君と聞こゆる人、あはれにいみじく思えて、常はこれをのみ賞で興じけるを、この文君が父母、相如に近づくことを厭ひ憎みけれど、琴の音をやあはれと思ひ染みにけん、この男に会ひにけり。
女方の父、よろづの宝に飽き充ちて、世の侘しきことを知らざりけり。
かかれども、このわび人にあひ具したることを、いと心づきなきさまに思ひとりて、いかにも娘の行方を知らざりけれど、露塵苦しと思はでなん、年月を過ぐしける。
かかれども、このわび人にあひ具したることを、いと心づきなきさまに思ひとりて、いかにも娘の行方を知らざりけれど、露塵苦しと思はでなん、年月を過ぐしける。
この夫、蜀といふ国へ行きける道に、昇遷橋といふ橋ありけり。
この夫、蜀といふ国へ行きける道に、昇遷橋といふ橋ありけり。
それを歩み渡るとて、橋柱に物を書き付けけり。
それを歩み渡るとて、橋柱に物を書き付けけり。
「我、大車肥馬に乗らずば、またこの橋を返り渡らじ」と誓ひて、蜀の国に籠りにけり。
「我、大車肥馬に乗らずば、またこの橋を返り渡らじ」と誓ひて、蜀の国に籠りにけり。
その後、思ひのごとくめでたくなりてなむ、橋を返り渡りたりける。
女、年ごろ貧しくてあひ具したるかひありて、親しき疎き世の中の人々も、たぐひなく羨みける。
女、年ごろ貧しくてあひ具したるかひありて、親しき疎き世の中の人々も、たぐひなく羨みける。
沈みつつ
我が書き付けし
言の葉は
雲居に昇る
橋にぞありける
しずみつつ
わがかきつけし
ことのはは
くもゐにのぼる
はしにぞありける
心長くて、身をもて消たぬは、今も昔も、なほいみじくこそ聞こゆれ。
心長くて、身をもて消たぬは、今も昔も、なほいみじくこそ聞こゆれ。