留志長者事

Про богача Руси
今は昔、留志長者とて、世に楽しき長者ありけり。

Давным-давно жил богач по имени Руси.
* История из Индии
大方、倉もいくらともなく持ち、楽しなどは、この世ならずめぜたきが、心の口惜しくて妻にも子にも、まして使ふ物などには、いかにも物食はせ、着することなし。
大方、倉もいくらともなく持ち、楽しなどは、この世ならずめぜたきが、心の口惜しくてにも子にも、まして使ふ物などには、いかにも物食はせ、着することなし。


己れ、物の欲しければ、ただ人にも見せず、盗まれて食ふほどに、物の飽かず多く欲しかりければ、妻に言ふ。



「果物、御物、酒、合はせどもなど、おほらかにしてくれよ。我に憑きたる物惜しまする慳貪の神祭らん」と言へば、
「果物、御物をもの、酒、合はせどもなど、おほらかにしてくれよ。我に憑きたる物惜しまする慳貪の神祭らん」と言へば、


「物惜しむ心失なはん」と思ひてし立つ。まことに人も見候はざらん所に行きて、よく食はん」と思ひて、虚言をするなりけり。
「物惜しむ心失なはん」と思ひてし立つ。まことに人も見候はざらん所に行きて、よく食はん」と思ひて、虚言そらごとをするなりけり。


さて、取り集めて、行器に入れ、瓶子に酒入れなどして、担ひて出でぬ。
さて、取り集めて、行器ほかゐに入れ、瓶子に酒入れなどして、担ひて出でぬ。


「この木のもとに烏あり、あしこに雀めあり。食はれじ」と選りて、人離れたる山中の木の下に鳥獣もなく、食ふつべき物もなきに、食ひ居たる、楽しく心地よくて、ずんずる事、
「この木のもとに烏あり、あしこに雀めあり。食はれじ」と選りて、人離れたる山中の木の下に鳥獣もなく、くらふつべき物もなきに、食ひ居たる、楽しく心地よくて、ずんずる事、


今日曠野中
飲酒大安楽
猶過毘沙門
亦勝天帝釈


Сегодня посреди широкого поля
Пью вино и радуюсь,
...
この心は、「今日、人無き所に一人居て、よき物を多く食ふこそ、毘沙門にも、天帝釈にも勝りたれ」と申すを、帝釈、きと御覧じてけり。
この心は、「今日、人無き所に一人居て、よき物を多く食ふこそ、毘沙門びさもむにも、天帝釈てんたいしやくにも勝りたれ」と申すを、帝釈、きと御覧じてけり。


「にくし」とおぼし召しけるにや、留志長者が形に変ぜさせ給ひて、



「我が、山にて物惜しむ神を祭りたる。げにその神離れて、物の惜しからねばするぞ」とて、倉どもを、こそと開けさせ給ひて、妻、子ども、親、従者ともを始めとして、知る知らぬなく宝・物どもをとり出だして、配らせ給ふ時に、喜び合ひて給はるほどにぞ、まことの長者は帰りたる。
「我が、山にて物惜しむ神を祭りたる。げにその神離れて、物の惜しからねばするぞ」とて、倉どもを、こそと開けさせ給ひて、妻、子ども、親、従者ずさともを始めとして、知る知らぬなく宝・物どもをとり出だして、配らせ給ふ時に、喜び合ひて給はるほどにぞ、まことの長者ちやうざは帰りたる。


倉もみな開けて、かく人の取り合ひたるに、あさましく悲しく、我とただ同じ形にせさせ給ふに、



「これはあらず。我ぞそれ」と言へど、聞き入るる人もなし。



御門に愁へ申せば、「母に問へ」と仰せらる。



母に問へば、「物人に賜ぶこそは、子にて候ふらめ」と申せば、するかたなし。



「腰のもとに黒子と物の跡こそ候ひし。それを御覧ぜよ」と申たれば、開けて見るに、
「腰のもとに黒子はわくそと物の跡こそ候ひし。それを御覧ぜよ」と申たれば、開けて見るに、


帝釈、落させ給はんやは、二人ながら、物の跡もあれば、ずちなくて、仏の御もとに二人ながら参りたれば、帝釈、元の形になりて、御前におはしませば、論じ参らすべき方なし。



「悲し」と思へれど、須陀洹果とて、人の永く悪しき所を離るる、はじめたる果、証じつれば、物惜しむ心も失せぬ。
「悲し」と思へれど、須陀洹果すだをんくわとて、人の永く悪しき所を離るる、はじめたる果、証じつれば、物惜しむ心も失せぬ。


かやうに帝釈は、人、導かせ給ふことはかりなし。



すずろに、「あれが物失なはん」とは、なじかおぼしめさん。



慳貪にて、地獄に落つべきを、「落さじ」とかまへさせ給へれば、めでたくなりぬる、めでたし。
慳貪けんどむにて、地獄に落つべきを、「落さじ」とかまへさせ給へれば、めでたくなりぬる、めでたし。