観音替信女殖田事



今は昔、河内国にいみじう不合なる女の、知れる人もなく、ただ一人ありけり。

Давным-давно жила в провинции Кавати очень бедная женщина, даже знакомых у неё не было, жила сама по себе.

すべき方もなかりければ、「田人買はん」といふ者を呼びて、筵も、笠・尻切なども取りて過ぐるほどに、その日といふこともなければ、またも言ふを呼びつつ、よろづの人の物を取りつつ使ひけるほどに、「二十人に言承けをしてけり」と思ふに、いといとあさましく、
すべき方もなかりければ、「田人たをと買はん」といふ者を呼びて、筵も、笠・尻切しりけれなども取りて過ぐるほどに、その日といふこともなければ、またも言ふを呼びつつ、よろづの人の物を取りつつ使ひけるほどに、「二十人に言承ことうけをしてけり」と思ふに、いといとあさましく、
Делать было нечего, позвала она человека, что искал работниц на поле, дали ей циновку, шляпу, обувь, ... а потом другой, и так куча народу позвала её и дала ей вещи для работы, думает: "Двадцать человек поручили мне работу", перепугалась

「さは、おのづから同じ日も来て呼ばば、いかがせむずらん。一日に五所呼ばば、いかがせんずらん」と思ひ嘆きつつ過すほどに、夕さりは叩きて呼ぶ人あり。
「さは、おのづから同じ日も来て呼ばば、いかがせむずらん。一日ひとひ五所いつところ呼ばば、いかがせんずらん」と思ひ嘆きつつ過すほどに、夕さりは叩きて呼ぶ人あり。
"А если меня позовут в один день, что делать буду? Если за один день на пять полей позовут, то как быть?" — и всё тревожилась весь день, а вечером к ней пришёл человек.

「誰そ」と言へば、
そ」と言へば、
Спросила она:
— Кто там?

「明日、田植ゑんずるなり。つとめては、またとくとくおはせ。そこそこなり。これよりいとなし」とて往ぬ。

— Завтра поле будем засаживать. ..." — И ушёл.

「先づかく言ふ所へこそは行かめ」と思ふほどに、また、うたて。



同じやうに言ふ。

И так же сказал.

「あなわびし。いかがせん。またかく来てや言はむ」と思ひて、

Думает: "Ох-ох, Что делать, опять кто-то пришёл!"

「隠れもせばや」と思へど、隠るべき方もなし。

"Вот бы спрятаться" — но прятаться было негде.

「いかがせむ」とて、ただ「あ」と言承けをしゐたり。



「さりとも同じ日は、さのみやは言はむ」と思ひてあるほどに、廿人ながら「明日」「明日」と、ただ同じやうに言ふに、いといとあさまし。



「さりとも、『かく同じ日しもやは』とこそ思ひつれ、いとあさましきわざをもしつるかな」と、
「さりとも、『かく同じ日しもやは』とこそ思ひつれ、いとあさましきわざをもしつるかな」と、


「一所は往なむず。残りの務め、いかに言はむずらん」と思ひやる方なきままに、年ごろ、一尺ばかりなる観音を作り奉りて厨子に据ゑ参らせて、食ふ物の初穂を参らせつつ、「大悲観音、助け給へ」と言ふより他にまた申すこともなかりければ、厨子の前にうつ伏し伏して、よろづわびしきままに、
一所ひとところは往なむず。残りの務め、いかに言はむずらん」と思ひやる方なきままに、年ごろ、一尺ばかりなる観音を作り奉りて厨子に据ゑ参らせて、食ふ物の初穂はつをを参らせつつ、「大悲観音、助け給へ」と言ふより他にまた申すこともなかりければ、厨子の前にうつ伏し伏して、よろづわびしきままに、


「かかる言承けし候ひて、いま十九人の人に言ひ責められんが、わびしきままに『いづちも、いづちも、まかりやしなまし』と思ひ候へども、『年ごろ頼み参らせたる仏を捨て参らせては、いかがはまからん。また、人の物を取り使ひては、いかでかただにては止まむ。やうやうづつもこそはし候はめ』と思ひ候ふを、いかが候ふべき」



と泣き伏したるほどに、夜明けぬれば、「さりとて、あらんやは」とて、初め呼びし所へ往ぬ。



「とく来たり」とて、喜び饗応せらるれども、心には、
「とく来たり」とて、喜び饗応きやうようせらるれども、心には、


「残りの人々もいかに言ふらん。呼びにや来らん」と思ふにしづ心なし。



日暮らし植ゑ困じて、夕方帰りて、仏うち拝み参らせて、より臥したれば、戸をうち叩きて、「これ開け給へ」と言ふ人あり。
日暮らし植ゑこうじて、夕方帰りて、仏うち拝み参らせて、より臥したれば、戸をうち叩きて、「これ開け給へ」と言ふ人あり。


「残りの所より『来ず』とて、人の言ひに来たるにや」と思ふほどに、



「今日、年老ひ給へるほどよりは、『五六人が所を、あさましくまめに、とく植ゑ給ひつれば、同じことなれど、うれしくなむある。困ぜられぬらん。これ参れ』とあるなり」とて、



おものを一前、いときよげにして、桶にさし入れて、持て来たり。



心やすくなりてあるに、また同じやうに戸をうち叩きて、ありつるやうに言ひて、物を持て来たり。



その度は心得ず思ふに、また同じやうに叩けば、「いかに、いかに」と思ふに、ただ同じ事を言ひて、門をもえ立てあへぬほどに持て集ひたるを見れば、二十人になりたり。
そのたびは心得ず思ふに、また同じやうに叩けば、「いかに、いかに」と思ふに、ただ同じ事を言ひて、かどをもえ立てあへぬほどに持て集ひたるを見れば、二十人になりたり。


心得ず思へど、「いかがはせん」とて、よき魚どもなとあれば、物よく食ひて、「観音のせさせ給へることなめり」と、うれしくて、寝たる夜の夢に見るやう、「己がいたくわび嘆きしが、いとほしかりしかば、いま十九人が所には、我たしかに植ゑて、清く真心に歩きつるほどに、我も困じにたり」とて、苦しげにて立たせ給へりと見て、覚めぬ。
心得ず思へど、「いかがはせん」とて、よきいをどもなとあれば、物よく食ひて、「観音のせさせ給へることなめり」と、うれしくて、寝たる夜の夢に見るやう、「己がいたくわび嘆きしが、いとほしかりしかば、いま十九人が所には、我たしかに植ゑて、清く真心に歩きつるほどに、我も困じにたり」とて、苦しげにて立たせ給へりと見て、覚めぬ。


あはれに悲しく、貴くて、仏の御前に額に手を当てて、うつ伏し伏したり。



とばかりありて、見上げたれば、夜も明けにけり。



「明かくなりにけり」とて、厨子の戸を押し開けたれば、仏を見奉れば、腰より下は泥に浸りて、御足も真黒にて、左右の御手に苗をつかみて、苦しげにて立たせ給へるに、悲しと言ふもおろかなり。
「明かくなりにけり」とて、厨子の戸を押し開けたれば、仏を見奉れば、腰よりしもでいに浸りて、御足も真黒まくろにて、左右ひだりみぎの御手に苗をつかみて、苦しげにて立たせ給へるに、悲しと言ふもおろかなり。


「我身のあやしさに、かく苦しめ参らせたる事、また、かく歩かせ参らせ、あはれに悲しく貴さ」など思ふに、涙せき止むべき方もなくて、あるにをりける。



その観音の植ゑさせ給ひける田は、異所よりとく出で来、めでたく、日照れども焼けず。
その観音の植ゑさせ給ひける田は、異所ことどころよりとく出で来、めでたく、日照れども焼けず。


雨降れども流れず。



とく出で来つつ、「むかへのはやわせ」とて、「ゑんかふくち」など言ひて、今によき所にてあなり。