「羅漢に成らむ」と思て行ひけるに、年六十に至て、羅漢に成る事を終に得ず。
然れば、其の人、家に返て思はく、「我れ、『羅漢に成む』と思て、年来行ふと云へども、成る事を得ず。今は、還俗して家に有らむ」と思て、還俗しぬ。
傍の人、此れを聞て、来て云く、「汝ぢ、極めて愚也。死たる子を悲むで、今に棄てざる事、甚だ愚也。終に存すべからず。早く棄つべし」と云て、奪取て棄つ。
其の後に、父、悲の心に堪へずして、此の子を亦見む事を願て云く、「我れ、閻魔王の所に詣でて、此の子を見む事を申し請む」と思ふに、閻魔王の在ます所を知らずして、尋ぬるに、人有て云く、「此れより其の方に幾許行て、閻魔王の宮有り。大河有り。其の河上に、七宝の宮殿有り。其の中に閻魔王在ます也」と。
父、此れを聞て、其の教の如くに尋て行く程に、遥に遠く行々て、見れば、実に大河有り。
父、此れを見て、喜び乍ら、恐々づ近付き寄たるに、気高く止事無き人有て、問て云く、「汝は此れ誰人ぞ」と。
答て云く、「我れは、然々の人也。我が子、七歳にして亡ぜり。此れを恋ひ悲む心堪へ難くして、其れを見む事を王に申し請むが為に参れり。願くは、王、慈悲を以ての故に、我に子を見せ給へ」と。
此の人、王に此の事を申すに、王の宣はく、「速に見しむべし。其の子、後園に有り。行て見るべし」と。
父、喜びの心深くして、教へに随て、其の所に行て見るに、我が子有り。
父、此れを見て、子を呼び取て、泣々く云く、「我れ、日来汝を悲む心深くして、王に申し請て、見る事を得たり。汝は道心には思はざるか」と、涙に溺れて云ふに、子、敢て歎く気色無くして、父とも思ひたらず遊び行く。
父は未だ生を替へずして、かく恋ひ悲びけるにや有りけむとなむ、語り伝へたるとや。