然れば、誦する度に此の所に成て、我が身の罪性の深き事を歎て思はく、「忘れ給はば、他の所々も忘れ給ふべきに、此の二字に限て忘れ給ふは、必ず様有らむ」と思て、長谷寺に参て、七日籠て観音に申す様、「願くは大悲観世音、我れに此の二字の文思えさせ給へ」と祈請するに、七日と云ふ夜の暁に、恵増、夢に御帳の内より老僧出来て、恵増に告て宣はく、「我れ汝が願ふ所の経の二字を、暗に思えしめむ。亦、此の二字を汝が忘るる故を説て聞かしめむ。汝は此れ二生の人也。前生には、播磨の国賀古の郡の□□の郷の人也。汝が父母、未だ彼の所に有り。汝ぢ、前生に其の所にして僧と有しに、火に向て法花経第一巻を読誦せしに、其の火走て経の二字に当て、其の二字焼にき。汝ぢ、其の焼たる二字を書綴らずして死にき。其の故に、今生に経を誦すと云へども、其の二字忘れて思えざる也。其の経、于今彼の所に御す。汝ぢ、速やかに彼の国行て、其の経を礼て、二字を書綴て、宿業を懺悔すべし」と宣ふと見て、夢め覚ぬ。