今昔、聖武天皇の御代に、御手代の東人と云ふ人有けり。



此の人、吉野の山に入て、法を修して、富を願ふ。



殊に観音を念じ奉て申さく、「南無、銅鉄万貫*、白米万石、好女多得」と。


* 底本頭注「鉄ハ銭ノ誤カ」
此如く念じて三年を経。



其の時、三位粟田の朝臣と云ふ人有り。



其の娘、未だ嫁がずして、広瀬の家に有るに、忽ちに身に病を受たり。



懃ろに痛み苦むと云へども、愈る事無し。



然れば、父の卿、歎き悲むで、諸の人に此の事を問て、此の病を祈らしむが為に僧を求るに、其の使、東人に値て、東人を請ず。



即ち来て、此の病者を祈るに、病愈ぬ。



而る間、此の女、東人に深く愛欲の心を発す。



東人、其の心を見て、女と窃に嫁ぬ。



其の後、父母、此の事を聞て、嗔て東人を捕へて、楼樔に籠て居へつ。



而るに、女、愛の心に堪へずして、東人を恋ひ悲むで、忍て其の辺を離れず。



然れば、東人を預かれる者、女人の心を知て、東人を免して、女と通はしむ。



此の如く為る間、父母も娘の心を知て、遂に免して夫妻と成しつ。



後には家を譲り、財物を皆東人に与ふ。



其の後、数年を経て、其の女、病を受けて遂に死ぬ。



死ぬる尅に、妹に語て云く、「我れ、今死なむとす。但し、思ふ事一つ有り。汝ぢ、許すや否や」と。



妹の云く、「我れ、君の思ひに随ふべし」と。



姉の云く、「我れ、東人が事を思ふに、永く忘れず。然れば、我れ、死なむ後、汝ぢ、東人が妻として、家の内を守らしめむと思ふ」と。



妹、姉が遺言を受けつ。



姉、喜て死ぬ。



父母、姉の遺言に随ひて、妹を東人に与へて、家の財を授く。



然れば、夫妻として久く有けり。



東人、現に願ひに依て大福徳を得たる。



此れ、修行の験力、観音の威徳とぞ、見聞く人、讃め貴びけるとなむ語り伝へたるとや。