国王、此の事を聞て大に嗔て、后を捕へて、髪に縄を付け、間木に釣係て、足を四五尺許引上て置たりけり。
后、辛苦乱悩すと云へども、更に為べき方無くして、自ら心の内に思はく、「我れ、此く堪へ難き咎を蒙ると云へども、我れを助くべき人無し。而るに、伝へて聞けば、此の国より東に遥に去て、日の本と云ふ国有なり。其の国に長谷と云ふ所有けり。観音の霊験を施し給ふ、在ますと。菩薩の慈悲は、深き事、大海よりも深く、広き事、世界よりも広し。然れば、憑を係け奉らむ人、何でか其の助を蒙らざらむ」と祈請して、目を塞て思ひ入て有る間に、忽に足の下に金の榻出来ぬ。
然れば、后、「此れ、我が念じ奉れるに依て、観音の助け給ふ也」と思て、其の榻を踏へて立てるに、苦しぶ所無し。
后、偏に、「此れ長谷の観音の助ぞ」と知て、使を差して、多くの財物を持たしめて、日本に送て、長谷の観音に奉る。
念じ奉る人、他国まで其の利益を蒙らずと云ふ事無し。
人、専に歩を運び、首を低て礼拝し奉るべしとなむ、語り伝へたるとや。