今昔、奈良の京の薬師寺の東の辺の里に、一の人有けり。



二の眼盲たり。



年来、此れを歎き悲むと云へども、事無かりけり。



而るに、此の盲人、千手観音の誓を聞くに、「眼暗からむ人の為には、日摩尼の御手を宛つべし」と。



此れを深く信じて、日摩尼の御手を念じて、薬師寺の東門に居て、布の巾を前に敷たり。



心を至して、日摩尼の御名を呼ぶ。



行来の人、此れを見て哀むで、銭米などを巾の上に置く。



亦、日中の時に鐘を撞く音を聞て、寺に入て、諸の僧に食を乞て命を継て年来を経る間、阿倍の天皇*の御代に、此の盲人の所に、二の人来れり。


* 孝謙天皇
此れ、本より知らざる人也。



亦、盲せるに依て、其の人の形を見ず。



此の二人の人、盲人に告て云く、「我等、汝を哀ぶが故に、汝が眼を滌はむ」と云て、左右の眼を各治す。



治し畢て、盲人に語て云く、「我等、今二日を経て、必ず此の所に来べし。忘れずして待つべし」と云て去ぬ。



其の後、其の盲、目忽に開て、物を見る事、本の如し。



而るに、彼の二人の人、「来らむ」と契し日待つに見えず。



然れば、遂に其の人と見る事無し。



「此れ、観音の変じて来て、助け給ける」と知て、涙を流して、悲び喜びけり。



此れを見聞く人、観音の利益の不思議なる事を、貴び敬ひ奉けりとなむ、語り伝へたるとや。