此く参る事、年来に成にけりと云へども、聊の験と思ゆる事無かりけり。
本より家無ければ、人の家を借て居たるに、漸く月日の過ぐるに随て、「我れ何にて子を産ぬらむ」と歎き悲むで、清水に参て、此の事を泣々く申けるに、既に月満ぬ。
而る間、隣に有る女人と、此の事を歎て、共に清水に参て、御前に低し臥たる間に寝入ぬ。
夢に御堂の内より、貴く気高き僧、出来て、女に向て宣はく、「汝が思ひ歎く事は、量ひ給はむとす。歎く事無かれ」と宣ふと見て、夢覚ぬ。
鎮守の明神の御前に居て、立つ時に、此の隣の女人の前に、紙に裹たる物有り。
其の夜の夢に、気高く貴き僧、出来て、女に宣はく、「汝が鎮守の明神の前にして取て持たる物は、此の懐妊の女に給ふ物也。速に其の女に与ふべし」と宣ふと見て、夢覚めぬ。
夜曙て後、「此れは何物にか有らむ」と思て、開て見れば、金三両を裹たり。
「奇異也」と思て、「此の女に与てむ」と思ふに、極て惜くて、思はく、「我も観音に仕る身也。何ぞ給はざらむ。其れに、彼の女を尚を哀れと思し食して給ふべくは、他の金をも給ふべき也。此をば、我れに給へ」と思て、与へずして家に返ぬ。
其の夜、家に寝たる夢に、前の僧、出来て、宣はく、「其の金をば、何ぞ今まで彼の女には与へぬぞ。極て便無き事也」と宣ふと見て、夢覚めぬ。
其の後、極て恐ぢ怖れて、此の金を□□□□□□□□□□□一両を以て、直米三石に売りて、其れを以て家を買て、其の家にして平安に子を産つ。
今二両を売て、其れを本として、便り付てなむ有ける。