而る間、蓮秀が身に重き病を受て、苦み悩む事限無し。
「我れ、死て、高く嶮き峰を超て、遥の道を行きき。人の跡絶て、鳥の音をだに聞こえず。只極て怖し気なる鬼神をのみ見る。此の深き山を超畢てて、大なる河有り。広く深くして、怖し気なる事限無し。
汝ぢ速に衣を脱て、我れに得しめて、河渡るべし』と。
其の時に、蓮秀、衣を脱て嫗に与へむと為る間、四人の天童、俄に来て、蓮秀が嫗に与へむと為る衣を奪取て、嫗に云く、『蓮秀は、此れ法花の持者、観音の加護し給ふ人也。
其の時に、嫗鬼、掌を合せて、蓮秀を敬て、衣を得ず。
而る間、天童、蓮秀に語て云く、『汝ぢ、此をば知れりや。
汝ぢ、速に本国に返て、吉く法花経を読誦し、弥よ観音を念じ奉て、生死を離れて浄土に生れむ事を願へ』と教へて、蓮秀を具して将返る間、途中に亦二人の天童来り。
向て云く、『我等は、此れ賀茂の明神の、蓮秀が冥途に趣くを見給て、将返らしめむが為に遣す所也』と云ふと思ふ程に、活れる也」
神に在すと云へども、賀茂は冥途の事をも助給ふ也けり。