然れば、諸の所に行て、法を説て、人に聞かしめて、道心を発さしむ。
身の才止事無くして、公けに仕ける程に、道心を発して出家せる也。
而るに、此の入道寂照、彼の清範律師と俗の時より得意として、互に隔つる心無くして過けるに、清範律師の持たりける念珠を、入道寂照に与へてけり。
其の後、清範律師、死て四五年を経ける間に、入道寂照は震旦に渡にけり。
彼の清範律師の与へたりし念珠を持て、寂照、震旦の天皇の御許に参りたりけるに、四五歳許の皇子、走り出たり。
寂照を打見て宣はく、「其の念珠は未だ失はずして持たりけり」など、此の国の言にて有り。
寂照、此れを聞て、「奇異也」と思て、答て云く、「此れは何に仰せ給ふ事ぞ」と。
御子の宣はく、「有りて、其の持たる念珠は、自らが奉りし念珠ぞかし」と。
其の時に寂照が思はく、「我が此く持たる念珠は、清範律師の得しめたりし念珠ぞかし。此の御子は、然は、其の律師の生れ給ふ」と心得て、「此れは何に此くては御ましけるぞ」と問ひければ、御子の宣はく、「此の国にて利益すべき者共の有れば、此く詣来たる也」と許答て、走り返り入給ひにけり。
其の時に、寂照、思はく、「彼の律師をば、皆人、『文殊の化身に在す』と云ひし。『説経を微妙にして、人に道心を発さしむれば云ふなめり』と思ひしに、然は、実の文殊の化身にこそ在ましけれ」と思ふに、哀れに悲くて、涙を流してぞ、御子の入給ひぬる方に向てぞ礼みける。
此れは、彼の律師の共に震旦に行たる人、返て語るを聞き継て、語り伝へたるとや。