今昔、三条の太皇大后宮*と申すは、三条の関白太政大臣*と申ける人の娘也。


* 四条太皇太后が正しい。藤原遵子。
* 藤原忠頼
円融院の天皇*の御代に、后に立せ給て、微妙く時めき御ましける間に、自然ら年月を積て、老に臨み給ひぬれば、「出家せむ」と思して、故に、「多武の峰に籠り居る、増賀聖人を以て、御髪を挟ましめむ」と仰せられて、態と召に遣したれば、御使、多武の峰に行て、此の仰を告けるに、「聖人、糸貴き事也。増賀こそは、尼には成し奉らめ。他人は誰か成し奉らむ」と云へば、弟子共、此れを聞て、「此の御使をば、『嗔て打てむず』と思つるに、思はざる外に、此く和かに、『参らむ』と有る、希有の事也」とぞ云ひける。


* 円融天皇
かくて三条の宮に参て、参れる由を申さしむ。



宮、喜ばせ給ひて、「今日、吉日也」とて、御出家有り。



上達部少々・然るべき僧など、多く参り合たり。



内よりも、御使有り。



此の聖人を見れば、目は怖し気にて、貴と乍ら、煩はし気にぞ有ける。



「□□こそは、人には恐れられけれ」と、見る人々、思ひけり。



御前に召し出られて、御几帳の許近く参て、出家の作法して、□□長き御髪を掻出でて、此の聖人を以て挟ましめ給ふ間、簾の内の女房、□て泣く事、糸□し。



挟*り畢て奉て、聖人、居去かむと為る時に、聖人、音を高くして云く、「増賀をしも召て、かく挟ましめ給ふは、何なる事ぞ。更に心得侍らぬ。若し、乱り穢き物の大なる事を聞し食したるにや。現に人よりも大きに侍しかども、今は練絹の様に乱々と罷成にたる物を。若き上はけしうは侍らざりし物を。糸口惜」と云ふ音、極て高し。


* 底本「挟」の右に疑問符。
御簾の内近く候ふ女房達、奇異に目口はだかりて思ゆる事限無し。



宮の御心には殊更也。



貴さも皆失せて、希有奇特に思し食す。



御簾の外に候はるる僧俗は、歯より汗出て、我れにも非ぬ心地共して居たるなるべし。



聖人、罷出なむとて、大夫の前に袖打合て居て、云く、「年罷り老て、風重くて、今は只利病をのみ仕れば、参るに能はず候ひつれども、態と思し食す様有て、召し候へば、相構て参り候ひつれど、堪へ難く候へば、怱ぎ罷り出候也」とて出づるに、西の対の南の放出の簀子に築居て、尻を掻上て、楾の水を出すが如く、唏く散す。



其の音、極て穢し。



御前まで聞ゆ。



若き殿上人・侍など、此れを見、咲ひ喤る事限無し。



聖人、出ぬれば、長なる僧俗は、かかる物狂を召たる事をぞ、極て謗り申けれども、甲斐無くて止にけり。



宮は出家の後、懃に行てぞ御ける。



亦、此の后は年毎に二度定まれる事にて、季の御読経をなむ行ひ給ける。



后の宮には必ず行はれぬ事なれども、此の宮には、此く行はれける也。



行はれける様は、四日が間に、僧廿人を請じて、御読経の間、宮の内、皆浄まはりて、魚食の気、皆断て、僧房微妙く□てぞ、僧共候ける。



僧の食物、微妙く調へて、日毎に湯涌して、僧に浴し、布施・供養法の如く慥に給ひけり。



宮も沐浴潔斎して、浄衣を奉り、信の心を至して、念じ入てなむ、四日が間御ける。



然ればにや有らむ、極て掲焉き事共なむ有ける。



少も浄まはらぬ事など有ける人は、必ず現はに悪き事なむ見ければ、宮の内の女房・男、凡そ下部・女官に至まで、極て潔斎して、慎てなむ有ける。



然れども、人の云けるは、「何にも此くも行なはるれば、験は貴く掲焉に有るべきに、露此くは無ければ、験も無にこそ有ぬれ」と、譖申ける。



此の宮には、凡そ此の御読経にしも非ず、万事皆拈まりて、愚なる事無くてぞ有ける。



然れば、宮の内の人も、皆宜くぞ翔ける。



而る間に、比叡の山の横川の恵心の僧都*と云ふ人、道心盛にして、京中に行きて、乞食しけるに、京中の上中下の道俗男女、首べを傾けて、挙て其の時の僧供を儲て、僧都に奉けるに、此の宮には、銀の器共を故らに打せて、其の僧都の時の僧供を奉り給ければ、僧都、此れを見、「余りに見苦」と云て、其の乞食を止めてけり。


* 源信
此の宮には、此様に信の御けるに、此れぞ少し余り事にて、無心なる事にて有ける。



此の宮は、時の関白の御娘、円融院の天皇の御時に后に立て、微妙かりけるに、皇子をも女宮をも否産奉り給はざりければ、世に口惜き事になむ*、父の関白殿も、親き人々も思たりける。


* 底本「事なにむ」。誤植とみて訂正。
然て、年老にければ、弥よ心を発して、此く出家して、懃に行ひ給ひけるとなむ、語り伝へたるとや。