今昔、安房守文室の清忠と云ふ者有き。



外記の労にて安房守に成たる也。



其れが、外記にて有し間だ、面はしたり顔にて気悪*気にて、長く去張*てなむ有し。


* 「にく」底本異体字。りっしんべんに惡
* 底本頭注「去張(ノサバリ?下文云張ニ作ル」
亦、出羽守大江の時棟と云ふ者有き。



其れも同時に外記也し時、腰屈て嗚呼付てなむ有る。



而る間、除目の時に、陣の定めに、陣の御座に召されて、清忠・時棟並て箱文を給はる間、時棟、笏を以て手を廻して指すに、清忠が冠に当て打落しつ。



上達部、此れを見て、咲ひ喤り給ふ事限無し。



其の時に、清忠、迷て土に落たる冠を取て指入て、箱文も給はらずして逃て去にけり。



時棟は奇異気なる顔してぞ、立てりける。



其の比の世の咲ひ物には、此の事をなむしける。



思ふに、実に何かに奇異かりけむ。



清忠も、時棟も、遥に年老るまでなむ有しかば、此なむ語り伝へたるとや。