肥後の守にて有ける時、其の国に有けるに、極く愛しける男子の□□許在けるが、日来重く煩ければ、此れを歎き繚ける程に、小鷹狩しに出けるをだに、郎等・眷属、世に知らず疎き事に思ひ云けるに、其の子、遂に失にければ、其の母、死入たる如くにて、其の死たる児の傍を離れずして、泣き沈みて臥たりけり。
女房・侍なども、年来其の児を見馴て、心ばへの厳かりけるを思ひ出つつ、忍難く泣き迷ひ合へりけるに、章家は、児死ぬと見置て、其の日をだに過さず、狩に出て行にければ、此れを見と見ける者は、云ふ甲斐無き事になむ思ひける。
亦、正月の十八日に、観音の験じ給ふ寺へ、此の章家詣けるに、道に野の中に焼き残したる草の少し有けるを見て、章家、「此の草の中には、必ず菟有らむかし」と云て、人を入れて追はせければ、菟の子六つ走り出たりけるを、下衆共集りて捕てけり。
章家、「然ればこそ、此には菟有けれ」と云て、其の草に火を付むとしけるを、共に有ける郎等共、「年の始の十八日に御物詣せさせ給ふに、此れ候まじき事也。責ては、還向にも非ず*」など云て止けれども、章家、聞も入れずして、馬より下て、自ら其の草に火を付たりければ、菟、多くも無くて、只有つる子共の祖と思しき菟一つぞ走り出たりけるをば、打殺て奉てけり。
* 底本頭注「非ズハ、アラバノ誤カ
然て、左右の手に六つの菟の子を一度に取て、取合せて、母が幼き子をせせらかす様に、「我が子、我が子」と云て、□□ければ、郎等共は「只為る事なめり」と思て、庭に居並て見ける程に、守、「年の始めの走り者の生を食はざらむは、忌々しき事也」と云ふままに、其の平なる石に、六つの菟の子を一度に打付てけり。
其れを、此の守、国の人を発して、三千人許を以て、其の石を皆拾ひ去させて、窪たる所には、其の石を埋て土を直して置せ、高き所をば、馬の走り当るまじき程に引せなどして、其の後、異山に鹿を*、多く人を集めて其の山に追ひ掛ければ、十出来る鹿の一つ遁る事無かりけり。
* 鈴鹿本「異山々の鹿を」