又ゑはわざとたてたる御のうまでこそ候はずとも、人のかたちなどうつくしくかきならひて、物語ゑなど、詞めづらしくつくり出てもたせおはしまし候へ。
大かたゑとてもかたくなならぬほどにかきならひて、御びやうぶのすみがき、しきしなどをもかゝせおはしましたらんこそよき御事にて候へども、「それまでおよび候はずば。」のことにて候。
御こと*・びは*などはえたる御のうにて候ぬべければ、心やすく候へども、御物ぐさげならんをりし、ねんじて「そこをきはめむ。」とおぼしめし候へ。
わごん*もよろづのもののねにたて候とおぼしめさずとも、ついでしてすこしならひとらせたまひ候べく候。
されど、それはまねぶ人、かたきことに成ぬれば、たゞしやうのこと*をとりわきてあはれにおもはしきもののねにて、五の御としよりならはしそめまゐらせて候しに、ふしぎなるまで御ぎりやうさとく、「いみじき人々にもおとるまじく。」などほめられさせおはしまし候しに、七つにて御いままゐりの夜、ゐん*後嵯峨院か。
の御まへにてひかせおはしまし、又八の御としとおぼえ候に*亀山天皇か。
の御びはにひきあはせまゐらせなどなをあげさせ給候し御ことにて候へば、いかにもはげませたまひて、上ずのなをもえんとおぼしめし候へ。