さるべき物がたりども、源氏おぼえさせ給はざらんは、むげなることにて候。
かきあつめてまゐらせて候へば、ことさらかたみともおぼしめし、よくよく御覽じて、源氏をば、なんぎ・もくろくなどまで、こまかにさたすべき物にて候へば、おぼめかしからぬ程に御らんじあきらめ候へば、なんぎ・もくろく、おなじくこからびつにいれてまゐらせ候。
古今・新古今など上下のうた、そらにみなおぼえたきことにて候。
「もしやおぼえさせおはします。」とて、おしてすゝめまゐらせ候へども、よに心にいらず、ものぐさげにおぼしめして候し、かへす〴〵ほいなく候。
おなじみやづかへをしてひとにたちまじり候へども、わが身のきりやうにしたがひてかしこき君にもおぼしめしゆるされ、かたへの人にも所おかる物にて候。
おもてをさらし、ひとによしあしさたせられたるばかりにて、なにのおもひでとしも候はず。
おやのこゝろざしひとつにいだしたて候へども、させる所なきつらにて、はかなきことのいらへなどにつけても、くちをしききはにてやみ候はんこと、返返心うきことにて候。
みめ・かたちもさることにて、まめやかに人はこゝろおきてなだらかにのうなど候へば、うへにもさるかたのめやすきものにおもはれまゐらせ、どうれいの中にも、「これは何もじぞ。
そのをりの事はいかなりけるぞ。」などていのことをも、人のとひかくるほどのこと、いふかひなからぬほどにうちあひしらひ候へば、あなづらはしからず、さるかたにて、たよりなげに人わらはれなるべきまじらひのさまなれど、ゆるさるゝかたありて、人々しき數にいることにて候。