わかきほどにまたいたくおよすげたるもにくきことにて候。
めきたるもわろく候へば、おくれすぎぬほどにわたらせおはしまし候へ。
人丸・赤人があとをもたづね、むらさきしきぶが石山の浪にうかべるかげを見て、うきふねの君の法の師にあふまでこそかたくとも、月の色・花のにほひもおぼしとゞめて、むもれいふがひなき御さまならで、かまへて歌よませおはしまし候へ。
歌のすがた・ありさまは、みなふるきに見えてくでん*累代の歌論書類を指す。
たゞ女の歌にはこと〴〵しきすがた候はで、詞たがはず、いとほしきさま、うら〳〵とありたく候。
さればとて、えんあるすがたにのみひきとられて、たましひの候はぬもわろく候へば、さやうのことはなほなほふるきを御覽じ候へば、いかにも歌をばこのみて、しふにいらせ玉ひ候へ。
うたはすべらぎの御代のつきし候まじく候へば、かしこき君にもそのあとはしられ、御覧ぜられ、家々のもてあそびにも、
「あはれなりけるわざかな。」と忍ばれさせ給候べきことにて候はんずれば、いかほども御このみ候へ。
「何事もいけるほどこそせんなれ。このよをわかれん後はいかでも。」と申人の候。
「ほねをばうづむとも、なをばうづむまじ。」と申事の候へば、*いまのなげきよりもまさりて、心うかるべきこととおぼしめし候へ。