さて月入りて後かへる。



女工所に、かねて十二日とてありしかど、おそく作り出すに、十七日より入るに、雪うち散りて、冬篭りたる空のけしきのすごきに、陰陽寮のなかなるに、社のみぞ一つに見いだしたる。
女工所にょうぐどころに、かねて十二日とてありしかど、おそく作り出すに、十七日より入るに、雪うち散りて、冬篭りたる空のけしきのすごきに、陰陽寮のなかなるに、社のみぞ一つに見いだしたる。


勾當は、神祇官の司の東に、女工所の屋立てたるに侍る。
勾當は、神祇官の司のひんがしに、女工所の屋立てたるに侍る。


これには陰陽寮の中に戌亥のすみなり。
これには陰陽寮のうちに戌亥のすみなり。


*おとらぬおとゝえ女官には、つかさとて、代々のくわんと名のりて、例ども引き、行事官に疊せめ出して敷く。


* 采女中の上首
里より屏風、棹、厨子やうの調度ども召し寄せてしつらひつる。



さるほどに、日暮れぬ。



里より人まゐりて、厨子立て棹つらせなどす。



思ひもよらぬほどに御幸ありと聞き、勾當の所より、これへ入らせおはします。



晴れがましくなる。



女房たちいくらも〳〵おし入りて、いかにいかになど仰せらるゝ。



棹なる袴引きおとして著つ。



やがて入らせ御座しまして、「衣の掛けやう思ひ所あり。



幸にこそ掛けたれ。」と仰言ありて、「しつらひ優し。」など御感にあづかる。



今宵おとなしき人參らずは、如何に〳〵恥ぢがましからまし、と覺ゆ。



几帳なども立てめぐらしつ。



よく〳〵御覽ありて、還御なりぬ。



面目も恥ぢがましさも劣る方なくこそ覺え侍れ。



さても夜も明けぬれば、官より行事官とて、入りさぶらはむ事うけ給はらむと申す。



大嘗會のいなのみのおきな*、いんこや*女とかや、いろ〳〵のものの裝束の衣、いろ〳〵の染草、花紅などまゐらせたり。
大嘗會のいなのみのおきな、いんこや女とかや、いろ〳〵のものの裝束の衣、いろ〳〵の染草、花紅はなくれなゐなどまゐらせたり。

* 大嘗會の時の司の名
* 忌火屋
かたの如くなれば、女官、この廳にては道行きがたき次第ども、奉行辨仲兼にふれ申せば、「國々へ下知し侍れども、いまだ沙汰せず。
かたの如くなれば、女官、この廳にては道行きがたき次第ども、奉行辨仲兼なかかぬにふれ申せば、「國々へ下知げぢし侍れども、いまだ沙汰せず。


せめふせ侍らむ。」など申す。



行事官と女官といさかふ、怖しながらをかし。



十八日には行幸なる。



十九日、權大納言、御局へくるゝほどに、



きのふより
近きたのみは
なぐさむに
覺束なくて
今日も暮れぬる
きのふより
ちかきたのみは
なぐさむに
おぼつかなくて
けふもくれぬる


と申せば、御返事、



今しかく
書きかよはせば
情こそ
逢ひにあひぬる
ちかきしるしに
いましかく
かきかよはせば
なさけこそ
あひにあひぬる
ちかきしるしに

* 一本「しるしよ」
今は心つよく覺ゆるにつけて、



つれづれは
見る心地せよ
ここにいま
大内山の
くれのけしきを
つれづれは
みるここちせよ
ここにいま
おほうちやまの
くれのけしきを


二十一日は、まゐりの夜、帳臺の出御に、御つまいだしてなる*。


* 一本に「いさしてなる」
女房たち、御後につきてまゐる。
女房たち、御後おんしりにつきてまゐる。


女工所果てぬほどは、夜を越さぬことにて、あから樣にまゐりて、鐘うたぬさきに、女工所へかへる。



つぎの日、新宰相殿のもとより、事のまぎれなるに斯く、



人知れず
やさしくぞ見し
月かげも
おほみや人の
そでのけしきも
ひとしれず
やさしくぞみし
つきかげも
おほみやひとの
そでのけしきも


よそに見む
ものとはかねて
知らざりき
とよの明の
ありあけの月
よそにみむ
ものとはかねて
しらざりき
とよのあかりの
ありあけのつき


夜もすがら
大内山の
つきかげに
立ち舞ふそでを
おもひこそやれ
よもすがら
おほうちやまの
つきかげに
たち舞ふそでを
おもひこそやれ


せめてただ
もしや心の
なぐさむと
はこやの山の
つきをこそ見れ
せめてただ
もしやこころの
なぐさむと
はこやのやまの
つきをこそみれ


おのづから
馴れし名殘を
忘れずは
見せばやともや
思ひ出づらむ
おのづから
なれしなごりを
わすれずは
みせばやともや
おもひいづらむ


かへし、



ありしにも
あらずや人の
うらむらむ
思ひながらに
日數經ぬれば
ありしにも
あらずやひとの
うらむらむ
おもひながらに
ひかずへぬれば


よそに見て
さこそ昨日は
思ひけめ
おもみや人の
そでのけしきを
よそにみて
さこそきのふは
おもひけめ
おもみやひとの
そでのけしきを


まぎれつつ
忘るらむとや
思ふらむ
こころの中に
問はぬ日はなし
まぎれつつ
わするらむとや
おもふらむ
こころのなかに
とはぬひはなし


あはれにも
心よわくぞ
ながめける
豐のあかりの
もろ人のたち
舞ふ袖も
おもひやりけめ
あはれにも
こころよわくぞ
ながめける
とよのあかりの
もろひとのたち
まふそでも
おもひやりけめ


さるほどに、行事官、いろ〳〵の染草まゐらせたれば、女官司に受け取らす。
さるほどに、行事官、いろ〳〵の染草まゐらせたれば、女官司にょうくゎんつかさに受け取らす。


しるしぶみにまかせて、御帳の帷、いなのみのおきな、いんこや女の裝束の衣受け取らするに、染草ども、りやうの*のもとへつみ遣す。
しるしぶみにまかせて、御帳みちゃうかたびら、いなのみのおきな、いんこや女の裝束の衣受け取らするに、染草ども、りやうののもとへつみ遣す。

* 悠基・主基の兩國守
また奉行の辨仲兼とさまの催もしきりかけて、御けうぞつかはす。



行事官、「直に受けとらせ給へ。」とて、出で來れば、侍どもを出してあひしらはするに、心得ぬ事どもあれば、女工所の女房をはしに出して、御簾のきはへ、かの行事官を召し寄せて、衣の寸法など細にあひしらはせたれば、心得てよろこぶといへども、染草のいろ〳〵見えずして、御所の御力者*を申して、ところ〴〵へつけてかたの如くせめ出しつ。
行事官、「直に受けとらせ給へ。」とて、出で來れば、侍どもを出してあひしらはするに、心得ぬ事どもあれば、女工所の女房をはしに出して、御簾のきはへ、かの行事官を召し寄せて、衣の寸法など細にあひしらはせたれば、心得てよろこぶといへども、染草のいろ〳〵見えずして、御所の御力者おんりきしゃを申して、ところ〴〵へつけてかたの如くせめ出しつ。

* ちからわざを以て門跡に仕ふる者
衣をとり重ねて、花のいろ〳〵紅のいろ〳〵を、ひとへによせて調ぜさせて、後にそのいろ〳〵品々に分ち縫はせて、程なくさたし出でたれば、行事辨よりはじめて悦ぶ。



いまだ夜の中に、行事官ならびに、奉行辨、めん〳〵に裝束うけ取らす。



そのきもつき、ぬし〳〵女工所に出來て裝束もあり。



稻實翁とて、鬢白く髭は帶のもとまで長くて、年も百歳にもやと見ゆるに束帶せさす。
稻實翁いなのみのおきなとて、鬢白く髭は帶のもとまで長くて、年も百歳にもやと見ゆるに束帶せさす。


これを見て心の中に、



いなのみの
翁さびたる
鬢しろし
きみがちとせも
かねて知られて
いなのみの
おきなさびたる
びんしろし
きみがちとせも
かねてしられて

* 鬢 Волосы на висках

かみ?
斯樣のともがら裝束きつれだちて出でぬれば、内裏より出車給はりまゐりぬ。



局どもせばくて、殿の御休幕の西の廊に集りてぞ侍ふ。
局どもせばくて、殿の御休幕みやすまくの西の廊に集りてぞ侍ふ。