夜明けになれば、曹司に帰りて、この女食ひつべきやうに、物を返りてもていかむとするに、心まどひして、足もえ踏み立てず、もの覚えざりければ、むつまじう使う雑色を使にて
夜明けになれば、曹司に帰りて、この女食ひつべきやうに、物を返りてもていかむとするに、心まどひして、足もえ踏み立てず、もの覚えざりければ、むつまじう使う雑色ざふしき使つかひにて


「ただ今心地あしうて、え参り来ず。
「ただ今心地あしうて、え参り来ず。


そのほど、これすき給へ。
そのほど、これすき給へ。


ためらひて参らむ」
ためらひて参らむ」


女、穴のもとにて待つに、かく言ひたれば、
女、穴のもとにて待つに、かく言ひたれば、


たがためと
思ふ命の
あらばこそ
消ぬべき身をも
惜しみとどめめ
たがためと
おもふいのちの
あらばこそ
けぬべきみをも
おしみとどめめ


取り入れず。
取り入れず。


帰りて
帰りて


「かくなむ」と言ひければ、かしかうして、またまた行きて見れば、三四日ものも食はで、ものを思ひければ、いとくちをしう、息もせず。
「かくなむ」と言ひければ、かしかうして、またまた行きて見れば、三四日ものも食はで、ものを思ひければ、いとくちをしう、息もせず。