この男、いとをかしき様をみて、少し馴れゆくままに、顔を見え、物語りなどもして、書の点といふものを取らせたりけるを、見れば、角筆して、歌をなむ、書きたりける。
この男、いとをかしき様をみて、少し馴れゆくままに、顔を見え、物語りなどもして、ふみの点といふものを取らせたりけるを、見れば、角筆かくひちして、歌をなむ、書きたりける。


中にゆく
吉野の河は
あせななむ
妹背の山を
越えて見るべく
なかにゆく
よしののかはは
あせななむ
いもせのやまを
こえてみるべく


とありければ、「かかりける」と心づかひしけれど、「なさけなくやは」とて、
とありければ、「かかりける」と心づかひしけれど、「なさけなくやは」とて、


妹背山
かげだに見えで
やみぬべく
吉野の河は
濁れとぞ思ふ
いもせやま
かげだにみえで
やみぬべく
よしののかはは
にごれとぞおもふ