さて、このころ、妹のある屋に行きたりければ、いと悲しかりければ、寝にけり。
さて、このころ、妹のある屋に行きたりければ、いと悲しかりければ、寝にけり。
見し人に
それかあらぬか
おぼつかな
もの忘れせじと
思ひしものを
みしひとに
それかあらぬか
おぼつかな
ものわすれせじと
おもひしものを
と言ひければ、かの殿にも行かでぞ泣きをりける。
と言ひければ、かの殿にも行かでぞ泣きをりける。
久しう来ねば、大殿、「あやし」とおぼしけり。
久しう来ねば、大殿、「あやし」とおぼしけり。
七日ばかりありて来たり。
七日ばかりありて来たり。
「などか、見え給はざりける」
「などか、見え給はざりける」
とのたまへば、すなほなりける人にて、ことかくさで言ひければ、妻、
とのたまへば、すなほなりける人にて、ことかくさで言ひければ、妻、
「いとあるべかしきことにて、あはれのことや。
「いとあるべかしきことにて、あはれのことや。
わがためにも、さらずはおはせめ。
わがためにも、さらずはおはせめ。
わいてもこそは、むかし人は、心もかたちも、さものし給ひければこそ、年を経て、え忘れがたくし給ふらめ。
わいてもこそは、むかし人は、心もかたちも、さものし給ひければこそ、年を経て、え忘れがたくし給ふらめ。
さる人を見給ひけむに、言ひ知らで見え奉るよ。
さる人を見給ひけむに、言ひ知らで見え奉るよ。