前島の宿をたちて、岡部の今宿をうちすぐるほど、かた山の松のかげに立ちよりて、かれいひなど取りいでたるに、嵐すさまじく梢にひびき渡りて、夏のままなる旅ごろも、薄き袂も寒くおぼゆ。



これぞこの
頼む木のもと
岡べなる
松のあらしよ
心して吹け
これぞこの
たのむこのもと
をかべなる
まつのあらしよ
こころしてふけ


宇津の山を越ゆれば、つたかへでは茂りて、昔のあとたえず。



かの業平が、修行者にことづてしけんほどは、いづくなるらんと見ゆくほどに、道のほとりに札を立てたるを見れば、無縁の世捨人あるよしを書けり。



道より近きあたりなれば、少し打入りて見るに、わづかなる草の庵のうちに一人の僧あり。



畫像の阿彌陀佛をかけ奉りて、淨土の法文などを書けり。



その外にさらに見ゆるものなし。



發心の始めを尋ねきけば、我が身はもとこの國の者なり。



さして思ひはなれたる道心も侍らぬうへ、その身たへたるかたなければ、理を觀ずるに心くらく、佛を念ずるに性ものうし。



難行易行の二つの道、ともに缺けたりといへども、山の中に眠れるは、里にありて勤めたるにまされるよし、ある人の教へにつきて、この山に庵を結びつつ、あまたの年月を送るよしを答ふ。



むかし、叔齊が首陽の雲に入りて、猶三春の蕨をとり、許由が頴水の月にすみし、おのづから一瓢の器をかけたりといへり。



この庵のあたりには、ことさらに煙たてたるよすがも見えず、柴折りくぶる慰めまでも思ひたえたるさまなり。



身を孤山の嵐の底にやどして、心を淨域の雲の外にすませる、いはねどしるく見えて、なかなかあはれに心にくし。



世をいとふ
心の奧や
にごらまし
かかる山邊の
すまひならでは
よをいとふ
こころのおくや
にごらまし
かかるやまべの
すまひならでは


この庵のあたり幾ほど遠からず、峠といふ所にいたりて、大きなる卒塔婆の年へにけると見ゆるに、歌どもあまた書きつけたる中に、



東路は
ここをせにせん
宇津の山
あはれも深し
蔦の下道
あづまぢは
ここをせにせん
うつのやま
あはれもふかし
つたのしたみち


とよめる、心とまりておぼゆれば、そのかたはらに書きつけし。



我もまた
ここをせにせん
宇津の山
わけて色ある
つたのしたつゆ
われもまた
ここをせにせん
うつのやま
わけていろある
つたのしたつゆ


なほ打過ぐるほどに、ある木陰に、石を高く積みあげて、目にたつさまなる塚あり。



人にたづぬれば、梶原が墓となむ答ふ。



道のかたはらの土となりにけりと見ゆるにも、顯基中納言の口ずさみ給へりけん、「年々に春の草のみ生ひたり」といへる詩、思ひいでられて、これもまた古き塚となりなば、名だにも殘らじと、あはれなり。



羊太傳が跡にはあらねども、心ある旅人は、ここにも涙をやおとすらむ。



かの梶原は、將軍二代の恩に驕り、武勇三略の名を得たり、傍に人なくぞ見えける。



いかなることにかありけん、かたへの憤ふかくして、たちまちに身を亡ぼすべきになりにければ、ひとまどものびんとや思ひけむ、都のかたへ馳せのぼりけるほどに、駿河の國、きかはといふ所にてうたれにけりと聞きしが、さはここにてありけるよと、あはれに思ひ合せらる。



讃岐の法皇、配所へ赴かせ給ひて、かの志度といふ所にてかくれさせおはしましける御跡を、西行、修行のついでに見まゐらせて、



よしや君
むかしの玉の
床とても
かからむのちは
何にかはせん
よしやきみ
むかしのたまの
とことても
かからむのちは
なににかはせん


とよめりけるなど、うけたまはるに、まして、しもざまの者のことは申すに及ばねども、さしあたりて見るには、いとあはれにおぼゆ。



あはれにも
空にうかれし
玉ぼこの
道のへにしも
名をとどめけり
あはれにも
そらにうかれし
たまぼこの
みちのへにしも
なをとどめけり


清見が關もすぎうくて、しばしやすらへば、沖の石、むらむら、潮干にあらはれて波にむせび、磯の鹽屋、ところどころ、風に誘はれて煙たなびけり。



東路の思ひ出ともなりぬべきわたりなり。



むかし、朱雀天皇の御時、將門といふ者、東にて謀反おこしたりけり。



これを平げんために、民部卿忠文をつかはしける、この關にいたりて、とどまりけるが、清原滋藤といふもの、民部卿にともなひて、軍監といふつかさにて行きけるが、「漁舟の火の影は寒くして浪を燒き、驛路の鈴の聲は夜山を過ぐ」といふ唐の歌を詠じければ、民部卿、涙を流しけると聞くにも、あはれなり。



清見がた
關とは知らで
行く人も
心ばかりは
とどめおくらむ
きよみがた
せきとはしらで
ゆくひとも
こころばかりは
とどめおくらむ


この關とほからぬほどに興津といふ浦あり。



海に向ひたる家にやどりて侍れば、いそべによする波の音も、身の上にかかるやうにおぼえて、夜もすがらいねられず。



清見がた
磯邊にちかき
旅枕
かけぬ浪にも
袖はぬれけり
きよみがた
いそべにちかき
たびまくら
かけぬなみにも
そではぬれけり