ゆふだすき
かけてぞたのむ
今思ふ
ことのままなる
神のしるしを
ゆふだすき
かけてぞたのむ
いまおもふ
ことのままなる
かみのしるしを
小夜の中山は、古今集の歌に、「よこほりふせる」とよまれたれば、名高き名所なりとは聞きおきたれども、見るにいよいよ心ぼそし。
北は深山にて、松杉、嵐はげしく、南は野山にて、秋の花、露しげし。
谷より嶺にうつる道、雲にわけ入る心ちして、鹿のね、涙をもよほし、蟲のうらみ、あはれ深し。
踏み通ふ
峯のかけはし
とだえして
雲にあととふ
小夜の中山
ふみかよふ
みねのかけはし
とだえして
くもにあととふ
さよのなかやま
この山をも越えつつ、なほ過ぎ行くほどに、菊川といふ所あり。
いにし承久三年の秋のころ、中御門中納言宗行ときこえし人の、罪ありて東へ下られけるに、この宿に泊りけるが、「昔は南陽縣の菊水、下流を汲みて齡をのぶ、今は東海道の菊川、西岸に宿して命を失ふ」と、ある家の柱に書かれたりけりと聞きおきたれば、いとあはれにて、その家をたづぬるに、火の爲に燒けて、かの言の葉も殘らずと申す者あり。
今は限とて殘しおきけむかたみさへ、跡なくなりにけるこそ、はかなき世の習ひ、いとどあはれに悲しけれ。
書きつくる
かたみも今は
なかりけり
跡はちとせと
誰かいひけむ
かきつくる
かたみもいまは
なかりけり
あとはちとせと
たれかいひけむ
この里の東のはてに、少しうちのぼるやうなる奧より大井川を見わたしたれば、はるばると廣き河原の中に、一すぢならず流れわかれたる川瀬ども、とかく入りちがひたる樣にて、すながしといふ物をしたるに似たり。
なかなか渡りて見むよりも、よそめ面白く、おぼゆれば、かの紅葉みだれて流れけむ龍田川ならねども、しばしやすらはる。
日かずふる
旅のあはれは
大井川
わたらぬ水も
深き色かな
ひかずふる
たびのあはれは
おほゐかは
わたらぬみづも
ふかきいろかな