さて、かの入道の君の御こは、たちはきたまへる人を見たまひては、「てゝ君か。」とのたまふに、「あらず。」とのたまへば、「はゝぎみこそ、てゝきにはあらず。



などか、てゝきのひさしく見えざらむ。」とてなき給へば、ひめぎみよゝとなき給。



御ぐしかきなでて、「きみはやまにぞおはする。」とてなき給を、おほぢぎみ師氏見たまひてのたまふ。



芦引の
山なる親を
こひてなく
鶴のこみれば
我ぞ悲しき
あしびきの
やまなるおやを
こひてなく
つるのこみれば
われぞかなしき


きたの方、



ひえにすむ
親こひてなく
子鶴ゆゑ
我涙こそ
河と流るれ
ひえにすむ
おやこひてなく
こつるゆゑ
われなみだこそ
かはとながるれ


はゝぎみ、



澤水に
立影だにも
みえよかし
こゝち子鶴の
鳴て戀ふに
さはみづに
たちかげだにも
みえよかし
ここちこつるの
なきてこふに


とてなき給。



かくてあはれなることがちになんありける。



たちはきたる人みても、



「こはや。てゝき、などはしきのもとにおはせぬ。我をいだきたまはぬ。」とて、なげきたまへば、*


* 母君、
逢事の
難きもしらず
内になく
雛鶴みるぞ
悲しかりける
あふごとの
かたきもしらず
うちになく
ひなづるみるぞ
かなしかりける


きたのかた、



逢事の
難く迚だに
慰まで
わらはなきにぞ
我もなかるゝ
あふごとの
かたくまでだに
なぐさまで
わらはなきにぞ
われもなかるる


おほぢぎみ、



かたにても
親ににたらば
こひなきに
なくをみるにぞ
我も悲き
かたにても
おやににたらば
こひなきに
なくをみるにぞ
われもかなしき